豊かさの秘密

2010年12月02日 23:31

■倍音の月18日 (G12/2) KIN238 白い自己存在の鏡 (by D) 

Lが「観たい映画がある」というので、内容はもちろんのことタイトルもおぼろげな状態で青山のイメージフォーラムへ行った。正直、ポップアート、モダンアートにそれほど関心があるとは言えない私は、上映開始後も「タイトルになっている『ハーブ&ドロシー』というのは、現代アートをコレクションしているこの老夫婦のことなのか・・・」という感じで、最初のうちは、あまり映画の中に入り込んで行くことも出来なかった。
 
しかし、終盤になればなるほど、このご夫婦が、類希なる純粋さ(アートに対する姿勢の誠実さ)を持った、実に素晴しい人達だということが分かって来て、観終える頃には、すっかり深い感動と喜びに満たされていた。誘ってくれたLに、映画を制作した佐々木芽生監督に、そして今もNYで豊かな時間を過ごしているであろうハーブ&ドロシーに感謝したい。
 
自分の心が感じる「好き」という感覚に何より忠実で、人の価値基準に影響されないものの見方は、そのまま彼らの生活スタイルにも反映されていて、それがまた美しいのだ。自らの足を使って常に探求を続け、作者に直接会ってよく見聞きし、本当に気に入ったものを手に入れる。だからこそ、後に一部の作者が有名になり、作品の経済的価値が上がっても、一つとして売ることなく手元に置き続けて来られたのだろう。コレクションの動機の中に「将来値がつくかも」などという「好き」以外の不純物が混じっていたら、こうは行くまい。
 
いや、仮に当初の動機が純粋だったとしても、一点売れば大富豪というとような状況になって来ると、普通はさすがに気持ちが揺らいだりもするものだ。「これを売れば新しい作品がもっと沢山手に入れられる」とか「作品保存のためにもう少し広い家に引っ越そう」とか、何かそれなりの理由(言い訳)だって付けられるはずだ。しかし、それを一度たりともしてこなかったのは、彼らの中に、「アートの価値をお金に置き換える」という発想が、最初から微塵も無かったからではないだろうか。
 
映画に登場する関係者(主にアーティスト)の中には、彼らを「欲深い」という人たちもいたが、それは当然「お金にがめつい」という意味ではなく、「好きな作品や作者について徹底的に知ろうとし、可能なだけ集める」という点に対する、敬意と賞賛を交えた評価だ。従って、「いい家に住む」だとか「海外旅行に行く」とかも、彼らにとっては単に「好きな作品をコレクションする」ことより優先順位が低いだけで、別に何かを犠牲にしているという感覚も無いのだと思う。大体、「何かを犠牲にしている」という感覚を持っている人たちは、あんなに幸せそうなオーラはまとえない。
 
何しろ彼らのアートに対する姿勢は、一貫している。よく、好きなことを始めるに当って、「お金が溜まったら」とか「時間ができたら」みたいなことを言う人がいるが、ヴォーゲル夫妻を見ていると、やはりそれも「言い訳」にしか聞こえなくなる。本気で好きだったら、できる範囲のことからドンドンやるものだし、どんな形ででもやり続けるものなのだ、ということを彼らは教えてくれる。
 
監督の佐々木さんも、彼らの生き様に感動し、知り合って間もない頃から(資金繰りだとかを考える前に)いきなり自分のデジカメで撮影を始めた、とパンフレットに書かれていたが、その姿勢がきっと彼らとシンクロして、結果的に他の誰よりも早く、この見事なドキュメンタリーを完成させられたのではないかと私は思う。既に半ば伝説化している人達である、これまでにもオファーは沢山あったそうだし、彼らはその全てにOKも出していたという。にもかかわらず、佐々木監督以前にそれを成した人がいなかったのは、皆「資金を集めてから」という一般的な手順(つまりお金の計算から入るやり方)を踏んだからなのだ。

ちなみに、彼らは集めた作品を墓まで持って行こうとしている訳ではない。今や殆どの作品はナショナル・ギャラリーに寄贈され、さらに今は50の州にある美術館にも分配寄贈されているらしい。詳細については映画をご覧になってもらいたいが、ここにも彼らの美しさ、潔さがよく現れていると思う。別にカーネギーみたいに大金持ちにならなくても、世の中に還元する事は出来るのである。
 
こうしたブレの無さは、全て「アートを愛する」ことから生まれているように思う。そこに一切の混じり気がないからこそ、その存在と生き様に爽快なものが感じられるのだろう。彼らは、有名になってから送りつけられてきた作品には殆ど関心を示さず、全て送り返したと言っていたが、おそらくそれは、既にその行為の中に不純なものが混じっているのが感じられたからではないだろうか。それにやはり、自分で見つけ出すことに楽しみがあるのだ。これは、何もモダンアートに限った事ではないように思う。
 
私の経験でも、人から薦められたり送りつけられたりしたものより、自分で見つけたものの方がずっと魅力的だし(それが情報であれモノであれ)、そういうアンテナを持っていつもリサーチしていると、結局誰よりも早く、一番自分にピンと来るものを見つけ出せるのである。現代のNYという、モダンアート作品の収集にはこれ以上ないタイミングと場所に居合わせたシンクロ力(りょく)は、自ら見つけ出す・動くという彼らの姿勢と、深く関係しているように私は思う。
 
興奮して、何だかとりとめのない内容になってしまったが、とにかく気持ちの良い映画だった。大好きな美術作品に埋もれて暮らすヴォーゲル夫妻が、心の貧しい貧相なオーラの金持ちより、どれだけカッコよく豊かに見えることか。彼らの存在や生き様に、私は”真の豊かさ”の秘密を見た思いがした。彼らの生き様こそ最高のアートである。皆が、本当に好きなものを心で見つけて、ヴォーゲル夫妻のように暮らすことが出来たら、地球人類は本当の意味で豊かになれるのではないだろうか。

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