空・海・風・コクリコ坂

2011年08月17日 22:54

磁気の月23日 (G8/17) KIN236 黄色い月の戦士(by D)

5日前の8/12に42才の誕生日を迎えた。今年の運命の道筋は「10・猿(KIN231)」なので、これから一年は4次元的にLであるとも言える。ということは、2010年3月10日(KIN231)に始まった天真書法塾シャンバラ教室の開講2銀河スピン(=520日)記念、そして、2013年にやってくるLのカレンダーラウンドまで2銀河スピンというタイミングでもあった訳だ。

一方、その日の朝、高橋徹さんから頂いたお祝いのメールには、以下のような事が書かれていた。【42歳、59スピンというのは、ドリームスペルだと10キンずれますが、閏日を組み込んだ通常のマヤ暦だと、かなり正確な同期パターン(260×59=15340日、÷42≒365.24日)なので・・・】。

これは、太陽暦としてかなり正確なグレゴリオ暦の誕生日と、キチェ・マヤに伝わるツォルキンがほぼ一致することを意味しているのだが、確かに、キチェのツォルキンで日付を調べてみると、この暦における私のデイサイン(誕生KINに相当)である「1・アクバル(夜)」の日だった。つまり、キチェのツォルキンでも誕生日だった訳だ。

注意が必要なのは、古代から伝わるマヤ暦では、260日暦も365日暦も、閏日調整を行わずに数え続けるので、もしキチェ・マヤの暦だけで2つのサイクルを数えていたら、上記のような現象は起こらないという点だ。高橋氏は、2/29を前日の延長として数えてしまう「13の月の暦」のツォルキンと、その日も通常通りカウントを進めるキチェのツォルキンとの違い、つまりグレゴリオ暦との関係性における同期パターンのことを書かれているのである。

日食や月食の周期をかなり正確に把握していた古代マヤ人は、太陽年(365.242)も正確に知っていた可能性が高いのだが、ハアブと呼ばれる365日暦(20×18+5という数え方をする)には、太陽年とのズレを調整する仕組みは取り入れられていなかったので、今の暦での誕生日とは、異なるタイミングで(365日の)誕生日が巡って来てしまうことになる。

前置きが長くなったが、例年にも増して特別な誕生日であることをひしひしと感じていた私は、この日が銀河の誕生日であったLと共に、「空海と密教美術展」そして「コクリコ坂から」を観に行くことにしていた。ここ数年、誕生日にはジブリ作品を観るのが定番になっているが、空海は今まさにLが臨書しているところだし、私もその空海が唐で臨書したという孫過庭の「書譜」を臨書している最中なので、こちらもまとめて見てしまおうという事になった。

ちょうどその前夜に、友人でシャンバラ教室生でもあるドルマから「明日の午前中時間があるのですが、空海展、今やってますか?」という連絡があった。私達はもともと朝一で行くつもりだったし、何故かチケットも3枚あったので、東京国立博物館の入り口で待ち合わせることになった。

私達がもともと計画していた日に、そうとは知らず連絡して来るだけでもスゴイことだが、ちょうど手違いで入手していたチケットがあったり、午前中だけというピンポイントのタイミングまでシンクロしてくるのだから、驚くほかない。普段、グレゴリオ暦的世界できちんと仕事をしている彼女が、こうしたシンクロ能力を失っていないのは、やはり心の状態が活き活きとしていて自然性が保たれているからだろう。これは「間に合っている人」に共通の特徴かもしれない。

残念ながら「風信帖」と「金剛般若経開題」は、後期の展示ということで観られなかったが、空海24才の時の作とされる「聾瞽指帰」をじっくり観られたのは大きな収穫だった。もちろん、他にも数々の国宝を間近で観られるなど見所は満載。また展示が変わった頃に、もう一度ゆっくり巡ってみたいと思った。それにしても、さすが生活の中に仏教が生きているチベタン、仏像や印についても色々と詳しくて感心してしまった。

上野近辺でお昼を済ませてから渋谷に移動し、今度は「コクリコ坂から」を観賞。東京オリンピック直前の横浜という設定は、当時の気配が何となく残っていた頃を知る世代の私にとっては、ノスタルジーを感じさせるものだったし、ジブリらしい暖かなタッチの絵にも心を温めてもらったが、何より良かったのは「気持ちの良い人」が沢山登場することだった。題材が何であれ、「気持ちの良い人」に出会えるのが、ジブリ作品の特徴のような気がする。

ところで、開始早々驚かされたのは、この映画の主人公が「海」という名の女子高生で、その妹の名が「空」だったことだ。何しろ、その時Lが手にしていた空海展の図録の表紙には、「空」「海」という文字だけが書かれていたし、もう一人の主人公は「風間」くんで、「風信帖」ともシンクロしていたからだ。

空海展と映画を別の日に見ていたら、あまり気にならなかったか、場合によっては気がつかなかったかもしれない。しかし、同じ日に観る事によって、双方の繋がりが感じられるところにシンクロの妙がある。そういう意味では、挿入歌に「上を向いて歩こう」が使われていたことにも特別なものを感じてしまった。

何故なら、世界的ヒット曲を歌った坂本九は、26年前の同日(8/12)、日航機(JAL123便)事故で亡くなられた520名の中の一人だからだ。26年というと、少し前の記事で触れた反対のパートナーという関係になるので、その日はKIN101だったという事になる(231ー130=101)。

マヤのリズム』は、昨年の誕生日に中央アート出版社の天野氏と道筋がシンクロしたことが執筆のひとつのきっかけになったのだが、中央アートの吉開社長と、装丁を担当してくれたみよこ画伯の銀河の署名が、その「KIN101」であることを振り返ると、本が完成した直後の誕生日に、坂本九を通じてそのKIN101(10・竜)にアクセスすることになったのも偶然とは思えなくなる。

そして、この記事を書くにあたって、初めて坂本九の銀河の署名を調べてみたら、さらに驚くべきことに気付いてしまった。彼の署名である「赤い銀河の竜(8・竜)」は、何と、映画を観た日が銀河の誕生日だったLの、現在の道筋でもある。つまり、坂本九が生まれた日と4次元的にシンクロしていたLと、亡くなった日と3次元的にシンクロしていた私が、コクリコ坂坂本九にチャネルしてしまった訳だ。

本名も「九」である彼が「8・竜」で生まれ「10・竜」で他界したこと、そして、NHKの「夢であいましょう」という番組を通じて「上を向いて歩こう」が発表されているのは、非常に象徴的なことだと思う。また、作詞が永六輔、作曲が中村八大と、全員の名前に数字が付いているのも興味深い。6+8+9=23は、今日の日付でもあるし、映画を見た時に私が座ったシートのナンバーでもある。

さらに、映画を通じて坂本九に触れた日は、改訂されたコールマン・マトリックスの、第9層「宇宙地下世界」の第9天界(7/31~8/17)でもあった。「上を向いて歩こう」には都合6度「一人ぽっちの夜」というフレーズが登場するが、このことは、キチェ・マヤのツォルキンにおける私の誕生日「1・アクバル(夜)」が今日まさに回帰し、この1年、私はその日付の力をいつも以上に強く担うことになるということを、伝えられているような気がしてならなかった。

振り返ってみれば、私がちょうどコクリコに出てくる学生達くらいの時(より正確には16才の誕生日)に、坂本九さんは夢の次元へと旅立たれている。空と海、誕生と死の間に、私達の「生」はある。これが今年の誕生日に私が受け取った、シンプルなメッセージである。


(メモ1)「13の月の暦」の365日暦は「28日×13ヵ月+1」という仕組みを持っていて、マヤ暦のハアブとは異なるものである。また、「13の月の暦」のツォルキンと「マヤ暦」のツォルキンは、数えている日付も考え方も異なるものである。この辺りのことをきちんと知っておきたい方には『マヤのリズム』が役に立つだろう。

(メモ2)「時間の法則の20の銘板」のクロノグラフには、ひと月=1KINの数え方が示されており、それに従うと、今月(=白い律動の魔法使いの年、磁気の月)はKIN183(1・夜)に対応している。これはキチェのツォルキンでの「1・アクバル」に相当する日付なので、キチェと13暦を繫いでイメージすると、誕生日当日だけでなく、今月ひと月が、私自身に回帰するタイミングであると見なすことも出来る。ちなみに日本語版の銘板は520部制作された。

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