弘法大師とダライ・ラマ法王の縁

2011年11月15日 02:30

■自己存在の月28日(G11/14)KIN65 赤い宇宙の蛇(byD) 

高野山の続きを、と思いながら日が経過してしまった。KIN51(G10/31)、テンジン・ヌルブ氏に会った後、宿坊の方に戻りながら街の中心部へ向かうと、まだ夕方の6時前だというのに既に殆どのお店のシャッターが降りている。食事はどこか外で、と思って宿に予約をしていなかった私達は、辛うじて「営業中」の札が出ていた「花菱」というお店を見つけることが出来た。

しかし、店の中には誰もおらず、大声で「ごめん下さーい!」と叫んでみても反応がない。何度かしつこく呼んでいたら、やっと地下から人が出て来てくれた。予約をしていないと6時には入れなくなるそうで、ギリギリ間に合ったらしい。私が選んだ「三鈷膳」というメニューは想像以上に美味しくて、結局、高野山に滞在中、三夜連続で頂くことになったが、選択肢が限られていたとは言え、普段、同じ場所で2度続けて食べることを避けている私にしては、極めて珍しい行動である。

「三鈷の松」に至近の宿坊に泊まったことや、カタルーニャの旅から続いている3と9のシンクロも意識しないではなかったが、やはり、リーズナブルで量もちょうど良く、味も申し分ないというのがポイントだったように思う。それと、初日の夜、最初に聞こえてきたBGMが、エンニオ・モリコーネだったことも大きい。なぜなら、その頃一番聞いていたのが『ヨーヨーマ・プレイズ・モリコーネ』だったからだ。

翌、KIN52(G11/1)は、少し早めに出て金剛峰寺を見学。中で、チベットハウスのツェワンさんやルントックさんとばったり会ったので、ひょっとして法王は金剛峰寺にお泊まり?と思ったら、実際にそうだったことが後に判明。前夜訪れた「花菱」には、金剛峰寺御用達と書いてあったから、もしかしたらダライ・ラマ法王も私達と同じ味付けの食事をされていたかもしれない。

その後、高野山大学の体育館に行くと、既にプログラムが始まっていて、プロジェクターには今回の灌頂で使われる、金剛界の砂マンダラ制作過程が映し出されていた。係の人に案内された席に座ると、すぐ前に護国寺のGさんを発見。終了後、構内を歩いていると法王の通訳をされるマリアさんや、かつてブッダガヤのカーラチャクラ(唯一中止になった)やダラム・サラへのツアーでご一緒した面々と再会。これぞ仏縁という印象を受ける。

しかし、驚いたのは灌頂が行われる会場(講堂)に入ってからだった。指定席のEー28に座ると、何と2つ前には、10日前にマヤ暦に関する私の講座を主催して下さったホロンPBIの金蔵院さんが、そのさらに2つ前の席には、その時、講座に参加して下さったTさん(新体道と天真書法を最近始めたことをその時知った)が座っていたのだ。Tさんは、チケットが取れなかったことを残念がっていたはずだが、直前で知り合いから譲り受ける事が出来たらしい。

これだけでも十分ビックリする話だが、一番驚いたのは、目の前(つまり私と金蔵院さんの間)に永沢哲氏が座っていたことだろう。何しろ、私が高野山へのショートトリップに持参していたのは、永沢氏の訳された『夢の修行』(ナムカイ・ノルブ著)一冊だけだったのだから。理由は単純で、数日後に自分が主催する銀河アルケミスト教室でドリームボディの話をしようと思っていたのと、そのさらに数日後に、ボン教ゾクチェンの瞑想教室で行われる内容が「夢のヨーガ」だったからだ。

ナムカイ・ノルブ・リンポチェの著書に多大な影響を受けている私は(Lもシャンバラ教室に、虹クラス、水晶クラスをつくった位)、その邦訳を一貫して行って下さっている永沢先生にお目にかかったら、ひと言御礼を述べたいと、長いこと思っていた。実は、4/29に護国寺で行われた東日本大震災特別法要(ダライ・ラマ法王による)の時にも、お顔をお見かけしていたのだが(と言ってもネット上の写真の記憶によるものでおそらくという話)、結局、ご挨拶しそびれてしまっていたので、今回のこのシンクロは本当に嬉しかった。

しかも、金剛界の灌頂でも、カーラチャクラと同じく夢判断を行う事をその場で知ったので、そういう側面から見ても、『夢の修行』はかなりシンクロ率の高いチョイスだったと言えるだろう。夢見のために布団と枕の下に敷くクシャ草が配られて初日の儀式は終了。その後、お線香で有名な大師堂に向かって散歩をしていたら、またツェワンさんにバッタリ。今度はバリー・カーズィン博士が一緒で、流れでツェワンさんが記念撮影をしてくれることになった。

大師堂の後、梵恩舎で再びテンジン・ヌルブ氏の絵ハガキなど手に入れて帰途に付くと、今度はルントックさんにバッタリ。夕暮れ時だったので、フラッシュを焚いたらかなりまぶしい記念撮影になってしまったが(笑)、おかげで、今朝「記念撮影でもしておけば良かったかな」と少し気になっていたことが、その日のうちに実現してしまった。850名もいた会場で、目の前に会いたいと思っていた人や、お世話になった人がズラッと並んでいたのも、きっと空海ダライ・ラマ法王、そして仏陀が結んで下さったご縁なのだろう。そのこと自体が、「ものごとの実相は関係性の中にある」という教えのように思えた一日だった。

※G11/1の灌頂の会場で法王にお目にかかったのは、G4/29(KIN126)の法要以来だったので、実に186日ぶり。この数字は『時間の法則の20の銘板』から見ると、非常に興味深いものだった。何故なら『20の銘板』では、今年の自己存在の月全体がKIN186と対応しているからだ。

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