清盛の剣

2012年01月17日 04:21

共振の月7日(G1/16)KIN128 黄色いスペクトルの星(byD)

今日はアントニオ・ガウディ224回目の銀河の誕生日。クリカにいらした方から、バルセロナ発の美味しい飴・パパブブレを頂いたのも「美しい」シンクロだ。

実は、前の記事から続いているKIN97(G12/16)にも、バルセロナとのシンクロがあった。殆ど飲まず食わずで神護寺、高台寺をめぐった後、祇園でかなり遅めのお昼を食べてから向かったのは、何必館・京都現代美術館。魯山人や良寛の所蔵で知られているのでチェックはしていたのだが、ロベール・ドアノー展をやっていることは、表の案内を見るまですっかり忘れていた。

バルセロナのピカソ美術館のカフェにあった楽しい作品(面白かったのでその前で記念撮影した)が、ドアノーによる「ピカソのパン」だと知ったのは帰国してからだったが、まさかKIN44(10/24)に石清水八幡宮を初参拝した時に、八幡市駅前のカフェで見かけた写真もドアノーの作品(しかもそれが代表作「市役所前のキス」)だったとは、その世界に疎い私は全く知らなかった。

しかし、こういうタイミングで同じ場所にそれらが展示されていて、そこから学ぶというのも実に楽しい体験だ。素晴しい写真を撮る人は、時や心の性質に敏感なのだろう。作品のひとつひとつはもちろんのこと、ドアノーの言葉は、心に響くものがあった。また、地下の常設展にあった蘇軾の赤壁賦の木彫り臨書作品?を見て、魯山人の実力を垣間見た思いがした。

その後、大阪でのクラスやワークショップを無事に終え、KIN99(12/18)の夜に宿泊先でテレビをつけると、横浜で行われているクラブワールドカップ決勝戦が放映されていた。優勝したのはバルセロナ。3ヵ月前に訪れたばかりで、日中のワークでもサグラダファミリアの「受難の門」魔方陣(合計が33になる)の話をしたりしていたので、やはり嬉しい(横浜出身でもあるし)。

KIN100(12/19)の午前中、『フライデー』の記者さんからメールで取材原稿が届き、出掛けに慌てて校正を戻す(予告通りの無茶なスケジュールだ)。帰路も京都で立ち寄りたい場所があったので、そのまま出発したが、帰宅してから重大な直し忘れがあったことが判明する。しかし、その時は知らずに大徳寺大仙院へ。そこでの出来事と、美味しいもの報告はそのうちLが書いてくれるはずなのでスルーして、ここでは偶然立ち寄る事になった白峯神宮について書いておきたい。

地下鉄今出川駅を出て、お昼の目的地に向かう途中、ある神社の前で松濤館空手という文字が目に入った。青木先生の師である江上茂師のさらに師であるところの船越義珍師を事実上の開祖とする流派だけに、ふと気になって確認すると、そこが白峯神宮だった。大仙院で宮本武蔵が沢山和尚から極意を授かったという部屋を訪れたりした後で、ゆっくり参拝してみると、どうやら蹴鞠と縁の深い場所らしく、サッカーをメインに様々なボールが奉納されている。

武道の縁で訪れた神社だったが、前夜のバルセロナ優勝とも繋がっているのが興味深い。さらに、御祭神を調べてみると、何と平清盛と同時代の崇徳天皇(75代)と和気清麻呂(神護寺とも縁あり)の時代の淳仁天皇(47代)。淳仁天皇祭がドアノーの誕生日である4/14に、崇徳天皇祭が安倍晋三氏の誕生日である9/21に行われるというのもタイムリー過ぎる。恒例のおみくじは、この日の紋章ともシンクロする20番(大吉)。

そういえば、大徳寺への道すがら鳥の灯明が可愛くて立ち寄った若宮神社は、岩清水八幡宮を本宮とする八幡宮社で、御祭神は源氏の始祖・清和天皇だと後に判明した。剣武を始めたからなのか、どうも武家(源平)との回路が活性化している。松之助というカフェで休憩をしていた時、LのiPhoneに安倍晋三氏(KIN6)のメルマガ(号外)が入り、金正日が死去したことを知る。

翌KIN101(12/20)は、その安倍氏がメディアに引っ張りだこ状態だったが、前日、京都市内でやたらと72ナンバーの車を見たのは、そのサインだったのかもしれない。何故なら、安倍氏は第72代内閣官房長官でもあったからだ。この日、『フライデー』から連絡があり、年末年始号に掲載予定だった「マヤ暦と2012年に関する記事」(取材協力したもの)は、北朝鮮情勢の関係で差し替えとなり、1/6(KIN118)発売の号へとズレ込む事になったと伝えられた。

1・6=1・世界の橋渡し(KIN66)は安倍昭恵さんと初対面した日であり、118は『マヤのリズム』と関係が深い数字なので(あとがきに詳細あり)、私は「この差し替えには素晴しい時間魔術の力は働いたな」と感じた。事実、そのお陰で、前日夜に気付いた重大なミスを正す事が出来たし、出来上がった記事に『マヤのリズム 』が登場するのは、四国88カ所や父(徳政)の誕生KINともシンクロするP88だった。それにしても”金”正日の影響でフライデー(”金”曜日)に差し替えが起こり、結果、P88(KIN88は”金”星と関係する)に掲載される事になるとは、中々に面白い。

またバルセロナ優勝KINとシンクロするKIN99には、大河ドラマ平清盛の人間関係図が出ていて、番組を見る際に大いに役立っている(何しろ人間関係がややこしい)。しかもそこには、崇徳天皇や安徳天皇(高野山から剣山へ参照)、西行の名まで出ている。西行は、高野山に滞在していたこともあり、金剛峰寺壇上伽藍には西行桜と呼ばれる桜もあった位だが、何と清盛と同じ1118年生まれ。神護寺で登場した文覚も1139年生まれというから、ほぼ同時代だ。

話は少し飛んで、KIN125(1/13)。125が伊勢神宮の社の数とシンクロしていたので、久しぶりに神宮司庁が出している『お伊勢まいり』を眺めていたらP101にご正殿の間口は11.18m(3丈6尺9寸に相当)と書いてあるのを目にした(1118シンクロ)。翌KIN126はLの誕生日で、『マヤのリズム』でお世話になった天野照久氏の銀河の誕生日でもあったが、思いがけず昭恵さん(KIN223)と天野氏からメールが届いた。

天野氏は神功皇后と二天一流(宮本武蔵)について、昭恵さんは、何と巌流島の戦いから400年という話を書いて下さっていた。昭恵さんは、この日から何となく気分が変わったので『13の月の暦』を見てみたらKIN126で、ちょうどその日のフライト予約番号ともシンクロしていたとのこと。『マヤのリズム』が生まれた背景やLの誕生日だったことについては、特に意識されていなかった模様(それがまた直感的で面白い)。

しかし、私が興味を引かれたのは剣山の後日談として、剣に関する以下のような話が書かれていたことだった。「(前略)真っ直ぐな剣は本来、平和のために使われるものが、曲がって刀になってしまい、戦いの道具となったということでした。 巌流島の合戦での佐々木小次郎の剣が本当の剣であるという ことで(後略)」。

そして、昨日(KIN127)、平清盛の第2話目を何とはなしに見ていたら、何と終盤に岩清水八幡宮で剣を持って舞うシーンがあった(大治4年と言っていたので12才の時に舞ったという史実に基づいている模様)。83日前に訪れた場所に、こういう形で再開するとは思っていなかったが、関西に4年近く住み、その後も7年近く何度も通っていたのに、何故、このタイミングで岩清水八幡宮に参拝(過去記事参照)したのか不思議な気持ちになる(清盛とこんなに繋がっていると知ったのは参拝後)。

しかも驚いたのはその演出で、最初通常の反り刀(太刀)を使っていたのが、途中で直刀に変えるシーンがあったのだ。昭恵さんのメールが無かったら、ただの演出と思って流していたかもしれないが、タイミングもタイミングだし、私も新体道では真っ直ぐな木刀を使う一方で、剣武では曲がった木刀・模擬刀を使うので、色々とイメージが膨らんでしまった。

という訳で、久々に大河ドラマ級の長~いブログになってしまったが、次々にビッグウェーブが来ていて、まとまりのないメモでもどんどん書き留めて行かないと、益々タイムラグが生まれてしまうので、とりあえず区切りの良いところまで書いてしまった。

2012年の世界がどうなるかは時間が進めば自ずと明らかになるだろうが、少なくとも私の中では、平安初期(空海の時代)、平安末期(清盛の時代)、バルセロナ(カタルーニャ)、マヤ、エジプト(KIN126に『インディージョーンズ/クリスタルスカルの王国』が放映されていたが、大英博物館でスカルに出会った足でエジプトを訪れた直後に公開されたもの)、様々な時代と場所のエネルギーが、螺旋を描きながら収束して来ているのが、はっきりと感じられる。これがどういう反応をひき起こすのか楽しみである。

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