「プラハの春」と「観自在」

2012年03月20日 20:30

太陽の月14日 (G3/20)KIN191 青い太陽の猿(by L)

今日は春分。今私は6月にチェコの美術館で開催される展覧会に出品する為の書の作品に取りかかっている。チェコのことを色々と調べているうちに、昨年行われた「第十回天真書法塾発表会」の書作品をブログにUPしていなかったことを思い出したので、遅まきながらUPします。(・・・何故思い出したのか?詳しくは改めて書きますが、それはチェコの歴史と関係がある。私は今「プラハの春」から「ビロード革命」までの21年間、そして、昨年末に死去されたハベル前大統領を、そして何よりプラハの自由を想っている。)

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kanjizai

●小原蘭禅書
●書題:「觀自在」
●落款部分:「見苦起悲。観音用心」(苦を見て悲を起こすは、観音の用心なり。)

~以下は発表会図録より作品解説(2011年11月記載)~
私の作品は、いつもであれば、生きる事の歓びや感謝、観てくださる方々への応援や励ましといったテーマを書作の根底に置いていますが、発表会のテーマとして、今年私が与えられたものは「悲哀」でした。それを受け、弘法大師空海の性霊集から「觀自在(観音)」を書題としました。

人は互いに共感する心を持つ生き物なのだと思います。誰かがどこかで悲しんでいれば、きっと自分も悲しいのです。そして、その悲しみを何とか慰めたいと願うのではないでしょうか。もしかしたら、その願いや働きの象徴として觀自在菩薩が在るのかも知れません。

私たちは今年、国の内外に於いて言葉に尽くせぬ程の悲しみを経験しています。三月の大災害については説明の必要も無い程でしょう。私が特に関心を寄せるチベットに於いては、今年だけで、十数名もの若い僧侶が、焼身による抗議という過激な方法で自らの命を絶っています。彼らが、他に為す術が無い程の絶望と苦しみの中にあるのだと思うと、胸も潰れんばかりです。

しかし、私たちは生きています。どんな事があっても、どんな時でも、生きているからには生きているらしく生きなければならない。どうにもならない悲しみを抱えていても、共に泣きながら、共に情熱の炎を沸き立たせながら、私たちは幸せに生きて行かなければならないと思います。

この書を、命を落とされた方々へのレクイエムとして捧げます。
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この作品で思いがけず、私にとって2度目となる「天真大賞」受賞、そして天真書法塾で初めての参(三)段(五段制)を頂きました。色々な意味で、生涯忘れ得ぬ一作です。


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