ネパールからエジプトへ

2007年12月12日 02:53

倍音の月27日(G12/11) KIN192 黄色い惑星の人 (by D)

ツタンカーメンのミイラ公開をきっかけに、エジプトとの回路が急速に開き始めたのを感じていたら、やはり次の波がやって来た。きっかけは、KIN177(11/26)に、暦の資料の関係でEさんという方とお会いした事にある。添乗員をされているというEさんとは、この時が初対面。カフェで30分ばかりお話をしたのだが、ヒマラヤの8000m級の山に登るのが将来の目標だとの事。

ちょうど2ヶ月程前にヒマラヤの山々を直接目にして来た私は、何か繋がるものを感じて、かつてマヤ遺跡を訪れた時に同行(というか全て手配)してくれたのが、この時Eさんに手渡した資料の制作にも関わっていたTさんという添乗員の方だった事などをお話した。この時、私の携帯に珍しく電話が入ったのだが、会話の途中だったのでそのまま留守録にして後で聞く事にした。Eさんと別れた後、着信を確認すると、何と今まさに話題にしていたそのTさんからだった!多分、携帯に連絡をもらったのは1年ぶり位ではないだろうか。それにしても凄いタイミングだ。

翌日、用事の合間に書店に立ち寄り、ふと手にしたのが『転生-古代エジプトから甦った女考古学者』(新潮社)という本。パラパラとめくって、「これは面白い!」と思ったが、その場では入手せず帰宅。すると、ちょうどLがエジプト旅行のフライトチケットを1名分確保し終えた所だった(1名分はキャンセル待ち)。先の本の著者と主人公は別人なのだが、ラストに主人公本人が友人に宛てた手紙が掲載されていて、それがまた興味深い事に、カトマンズの事が書かれていたりするのだ(後に本を入手してそれがP241=私のKINだと気付いた)。


その夜、Eさんから届いたメールには、何と「明日からエジプトの添乗なんです」と書かれていた!昨日お会いした時には、一言もそんな事は口にされていなかったのだから驚きは倍増だ。しかも、「『時空のサーファー』と『マヤン・ファクター』を持参して読破するのが目標です」なんて一文まで添えてある。今回の波はどうもかなり大きいようだ。何故なら、私は前々日『時空のサーファー』の監訳者であり『マヤン・ファクター』の翻訳者でもある高橋徹氏に久しぶりにお会いしており、前日Eさんと面会中に電話を掛けてきたTさんとは、実は『マヤン・ファクター』監訳者の滝元さんの事だからだ。

おまけに、『マヤン・ファクター』のP371にあるパレンケ「碑銘の神殿」の写真は、メキシコに一緒に旅した時に滝元さんが撮ったもので、私はその写真のすぐ側に立っていたのだ!(このとき私達は『テレクトノン』を持って行って、碑銘の神殿の上でプレイまでしている)さらに、Eさんがエジプトに旅立つというKIN179(10・嵐)は、エジプト考古学者、吉村作治氏の銀河の署名。あまりに見事なシンクロぶり。

だが、まだ先がある。私は今回が初めてのエジプトになるのだが、Lは既に何度もエジプトを訪れており、11年前のG11/30(KIN66)に出発した最初の旅では、KIN162の友人と一緒だったという。そして、Eさんの銀河の署名もまたKIN162なのだ!先のネパールの旅では11がひとつのテーマになっていたのだが、EさんはもともとG11/1の生まれで、今年はG11/11が銀河の誕生日。ここにもネパールとエジプトの繋がりを見て取る事が出来る。

こうした流れに刺激を受けたのか、その夜、忙しさで途切れがちになっていたLの千夜一夜リーディングは(11/28に)第28話目を迎え、エジプトの4回分もの過去生を一気に観る事になったのだった。もっとも、日常的にも記憶喪失気味の私には、そう言われても相変わらず特別な実感はない。だが、ツタンカーメンから始まった只ならぬこの流れが、私達とエジプトとの繋がりの深さを確かに伝えてくれているようにも思う。

最後にもうひとつ。昨夜、この日記を途中まで整理して眠る前に、最後のメールチェックをしたら、何とそのEさんから「エジプトから戻りました」というメールが一通だけ入った。ここまでシンクロ率が高いと、「よーし、この大波には思い切り乗ってみようか」という気分になる。実はこのストーリーと絡んで、他にも複数のシンクロが頻発しているのだが、ここでは私の記憶補助の目的で、ロンドンとの繋がりが同時に深まっているという事だけメモしておきたい。

最近の記事