大徳寺22塔頭が44を知らせ、ジョジョトレインに導く

2013年09月10日 17:31

■月の月19日(G9/10)KIN210 白い月の犬(by D)

早いもので、大阪で暦のクラス(銀河シードマスターコース)を行ってから2週間が経過した。かなり色々なシンクロがあったので、そのメモだけでもしておきたいと思いながら、戦士のウェイブスペルを丸々跨いでしまった。

13の月の暦手帳マスターコース」を行った初日は、KIN193(G8/24)。パカル王の活躍した時代とシンクロしたのか、偽りの霊性が克服される流れに入ったのか分からないが、参加者の中に「8・鷲」「10・鷲」と「1・種」「3・種」という、木星軌道に対応する2つの紋章の方が、共に「80」日離れた間隔で2組もいらしていたのは注目に値する(13の月の2/2でサイ時間単位がKIN22だったことも関係あるかもしれない)。

ちなみに、パカル王は603〜683年の「80」年を生きた記録が残っており、その生涯のクライマックスは、約5125年を数えられるマヤ長期暦の9.13.0.0.0に対応する。ここで、長期暦をツォルキンに置き換える見方をすると、それはKIN193に相当するのだ(こういう見方がホゼの『マヤン・ファクター』で提示される前に存在していたのか、私は知らない)。

この日、大阪の最高気温は28度。前日まで35度以上の日が17日、30度以上だと26日も続いていたというのだから、何ともありがたいことだ。定宿の人気が高まって、最近は直前だと予約が取れないことが多い。おかげで、今回も初めての所を選んだのだが、そこに129という数字が書かれたいたのには驚いた。クラスの中でインディ・ジョーンズの誕生日としてKIN129を紹介していたからだ(一昨日も13・星にシンクロして13のクリスタルスカルが登場するシリーズが放映されていた)。

翌KIN194(G8/25)、パカル・ヴォタンの『テレクトノン』において、失われた7つの世代の第1と定めらているこの日は、午前に「ドリームスペル乗船配布会」を行い、午後から「ドリームスペルマスターコース」を行った。午前は、猛烈な集中豪雨。乗船会が終わる頃にはすっかり晴れていたことも含め、以前にも一度チャクラで同じようなことがあった事を思い出す。ある種の通過儀礼というか、お清めみたいなもののように感じられる。

クラス終了後も残って話をされていたのが、同じ犬のウェイブスペルの「4・空歩く者」「13・風」の方で、どちらも苗字に「吉」が付く方だったのも印象深い。ところで、私のクラスに参加された方は、その直後にシンクロ体験をする方が少なくない。その場で、様々な繋がりが発見されて行くシンクロニックフィールドに浸っているのだから、自然なことなのだが、それでもやっぱり普通の感覚からすると奇跡的と思えるようなことが多い。

今回も思いがけない出来事が翌KIN195(G8/26)にあった。夕方に『霊性のアート』出版記念セミナーの会場を下見をさせて頂く約束があったので、関西出張時には恒例となったシンクロ散歩も、この日は京都市内でということだけ決めていた。ちょうど天真書法塾の師範科で、千利休の遺偈がテーマになっていたので、大徳寺は訪れておこうと思っていたが、他は何も考えていなかった。

とりあえず、自分の道筋が「12・竜」(クリスタルドラゴン)になったばかりだったという安直な理由でまず龍安寺へ。ここの石庭を見るのは修学旅行以来かもしれない。しかし、私は石庭そのものよりも、大雲山龍安寺という正式名や鏡容池の黄色い蓮、あるいは、もともとは徳大寺家の別荘で、現在の住所が御陵下町13であることの方に、よりインパクトを受けた(その日が「13・鷲」だったので)。
龍安寺 ☆龍安寺の苔
大徳寺に行こうと思って龍安寺に寄ったら徳大寺家が関係していた、というだけでもマンガチックなのだが、「大」は私の「徳」は父の名に含まれる文字で、かつ父はG9/13生まれでもあるから、ここでもパカルの9.13.0.0.0が繋がって来る。大徳寺の開基が大燈国師(宗峰妙超)で、その妙超の出身地が播磨国であり、最初、書写山圓教寺に学んだという事は、移動中にiPhoneで調べて知ったのだが、これも結構な驚きだった。

何故なら、前日、大雨の中いらした方は、播磨国から来られた方だったし、初日に来られていたその友人もまた(記憶が正しければ)播磨の方だったからだ。それに圓教寺の住職は、チベットサポート関係で注目するようになった侠気のある人物。思いがけず嬉しい繋がりを見つけた気分だった。龍安寺大徳寺も臨済宗の寺だと現地で知ったが、最近Lが『臨済録』を入手していたのもどこかで影響したかもしれない。

ところで、大徳寺に22ある塔頭(たっちゅう)の中で常時公開されているのは4つのみ。その中の大仙院には2年程前に訪れていたので、残る3つのどれかにしようとしばし考える。結局、龍繋がりを意識して大徳寺塔頭の中で最も古いとされる龍源院に入ることにした。その名は、大徳寺の山号「龍寶(宝)山」に由来するらしいが、ちょうど人もまばらな時間帯でゆっくりと石庭や龍の襖絵を味わうことが出来た。
龍源院 ☆龍源院、東滴壷の波紋。
ふと目にした女性が、どうも2日前のクラスで見かけた方に似ている。まさかな…と思いつつ、もう一度よく見ると、先方も気付かれたようで、互いに驚く。初日に愛知からお母様と共に参加されていたMさんだった。お母様は2日目も参加されていたが、Mさんは初日だけ参加して、後は別行動で観光をしていたらしい。何でも、奈良に行くつもりだったのが、前日の大雨で電車が止まったりして、結局、京都に切り替えられたのだとか。

妹さんからここの庭がお薦めと聞いて、修学旅行以来の京都を楽しまれていたと言う。いくらでも見所がある京都で、迷った末に選んだ塔頭でバッタリ再会したのはやはり驚きだが、クラスの中で話していたことが早速証明されて、私はちょっと嬉しかった。何故なら、こうした体験以上に『ドリームスペル13の月の暦)』の本質的理解を促すものは無いと思うからだ。

ドリームスペル』は暦の知識を蓄積するための道具ではなく、実際に別なリアリティを体験するための生きた知恵だ。だからこそ、その本質に触れさえすれば、知識量に殆ど関係なく、体験はどんどん深まって行く。クラスに参加した直後にこういう現象が起き易いのは、頭で何かを理解したからではなく、実際に共時性秩序の世界(シンクロ場)に浸るという体験を経たからだと、私は考えている。

この辺りの検証は、新刊の中で色々行っているので、是非ご一読頂ければと思うが、要は「そういう場に実際に触れること」が鍵なのだ。そのことによって、自らの内に元々備わっている叡智が動き出すと、こういう現象は日常化して来る。しかし、それを信頼しきれずに頭で考え過ぎたり、知識の増大に執着していると、やがてそういう体験は減って、ついには「あれは偶然だったのだろう」という受けとめ方をして12:60世界に舞い戻る事になる。

Mさんとは、証拠の記念撮影をしてその場で別れ、私は出版記念セミナーの会場がある京大キャンパス方面に向かった。バスを降りて吉田神社の鳥居近くを歩いていると、昭和の駄菓子屋のような佇まいの建物に「マヤトラベル」の文字。路上の手書き看板には「ブータン、ネパール」とあるから、友人達がカトマンズで開いている「マヤベーカリー」と同じマヤ(愛)の意味なのだろう。直前に大徳寺でビックリ再会したMさんは、実はマアヤさんというお名前だったので、私はまたまた驚かされた。クラスの中で、マヤ暦とかマーヤ(幻)を意識して「マーヤさんですね」と言いながら「8・鷲」の絵文字を描いたら、「マアヤです」と訂正されたので、忘れっぽい私も流石に憶えていた。

約束の時間より少し早く着いたので、近くのカフェで手帳にメモをしていて気付いたのは、この日のKIN195(13・鷲)がマアヤさんの「運命の道筋」と関係する日付だということ。直感で分かってしまったことを丁寧に確認してみると、KIN195はマアヤさんが44才になった時の道筋だと判明。私はぴったり14日前に44才になったばかり。もともとマアヤさんはKIN255(8・鷲)、私はKIN241だから、その差も14。どうやら44という年齢と14日という差がこの時空の交差を生じさせたようだ。

44+14=58は、パカル王がこの世を去った「6・鏡」を指し示しているとも読める。今年から『20の銘板』情報に替わって手帳右上に登場した『シンクロノトロン』については、私は全く知らないのだが、第5週のキーワード「死が知識を送信する」は、この状況に対する示唆に富んだ内容だと感じる。大徳寺の住所が大徳寺町53で、龍安寺の13と会わせると66になるのも、「死の力のウェイブスペル」やツォルキンの中心調波33とその逆の合計に目を向けさせるサインと読み取れる(全ての調波はその逆との合計が66になる)。
霊性紫 
その後、町家管理人のAさんと、そこへの縁を繋いで下さった富田ファミリーとの打ち合わせは無事終了。会場の前でもいくつか面白いシンクロがあったが、これについては当日話そうと思う。のぞみ54号で品川に向かう中、Lからのメールで、この日から2週間だけ(つまり昨日9/9まで)運行されるジョジョトレイン(山手線で1編成のみ)の運行状況がネットで確認できることを教えてもらう。だが、確認可能なのは22時までなのに対して、私が品川に到着したのは22:06。運行データは21:59に東京付近という画面で終わっていた。

ということは、そろそろ品川駅に入線してくる頃ではないだろうか?山手線は、およそ1時間で1周するので、もし品川を通過後ということになると、本日中のコンタクトは諦めなければならないが、ここで見逃すようではスタンド使いとは言えまい。新幹線のホームに降り立つなり、キャリーバックを引きずりながらダッシュ。もともと大井町経由で帰る予定だし、乗降客を気にせず全体を見るなら山手線よりも隣の京浜東北線のホームだろうということで、エスカレーターも駆け降りる。新橋方面からの山手線はまだ入線していなかったが、時間的に見て、次に入ってくる列車が違っていたら間に合わなかったということだろう。

果して、そこに滑り込んで来たのは33(20+13)体のキャラクターが描かれているというジョジョトレインだった!大徳寺でのシンクロも凄かったが、この日の興奮度が最高潮に達したのはこの時だった。何しろ品川で最初に目にした外回り山手線が、たった1編成だけのジョジョトレインだったのだ。視界を遮る大宮方面行き京浜東北が入線して来るまでにiPhoneで3両目くらいまでを撮影(2日後に上野に行きがてら撮影したものと一緒にこちらのアルバムにまとめてある)。この間、大船方面行きの京浜東北を1本だけパスしたが、次の列車に乗って、大井町からは大井町線の急行に乗れたので、ほぼ時間的なロスも無し。一日の終わりをこのシンクロで締められた喜びは大きい。

家に着く直前に雨が降り出してギリギリ濡れずに済んだ事も含め、スタンド「シンクロノマイスター」を発動しまくった一日だった。思えば、龍源院には、最も小さい石庭とされる東滴壷という、水面に”波紋”が広がるように作られた庭があるのだが、もしかしたら、その波紋エネルギーがジョジョトレインに出会わせてくれたのかもしれない。ジョジョのことを知らない方には意味不明だろうが、何か感じるものがある方は、これを機会に読んでみることを強くお薦めしたい。きっと『ドリームスペル』や『霊性のアート』に対する理解も一挙に深まるだろう。

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