遷御の儀、鶏の声、吉田山

2013年10月12日 22:43

■電気の月23日(G10/12)KIN242 白い銀河の風(by D)

伊勢神宮最大の祭事、式年遷宮は、G10/2に行われた内宮遷御の儀をもってそのクライマックスを迎えた。参列者の規模や入場制限の様子を見るまでもなく、この事に異論を挟む者はまずいないだろう。『13の月の暦』では3/13、KIN232という数的対称性が見られる日だったこの日の午後、東京の各所では虹が見られ、二子玉川でも180度のダブルレインボーが空を彩っていたようだ。

作業に集中していた私は、虹の気配を感じながらも外に見に行くことはせず、もうちょっと後の時間帯に河原に出て、炸裂するかのような雲を写真に収めた。その時は気付かなかったが、後で虹風さん(KIN16=昭和天皇→G4/29生まれ→内宮に本籍地を移した日)が「鶏」が居ると教えてくれて、まさにこの日に相応しいクラウドアートだったことが判明。
鶏雲 ☆左上に後ろを振り返る頭がある

臨時祭主として遷御の儀を執り行われた黒田清子さんは、私より116(58×2)日早いKIN125(赤い銀河の蛇)の生まれ。125代今上天皇のタイミングに総社数125社からなる伊勢の祭主として、また「銀河の同期2013」にシンクロした銀河の御使いとして、まさに完璧である。

さらに昭和44年、とり年の生まれの44才。この日のサイ時間単位はKIN44で、今年の7月25日まで16(4×4)年間実践された『時間の法則の20の銘板』の開始日(1997年7月26日)ともシンクロ。2013年(平成25年)に行われる62回目の遷宮の臨時祭主を、62銀河スピンを迎えられた清子さん(KIN125=25×5)が務められたことで、私は「時間船地球2013」の出航は無事なされたのだと実感した。

遷御の儀のクライマックスは、午後8時頃「カケーコー、カケーコー、カケーコー」という鶏の鳴き声をまねた神職による合図(鶏鳴三声)の後、ご神体(八咫の鏡)を現正殿から、西隣の敷地の新正殿へと移される場面だと言って良いだろう。その時間帯、私は九品仏で行われていた天真書法塾シャンバラ教室の片隅で瞑想をしていた。会場の住所は7-36-9。13の中心7と天照大神の数霊とされる369の組み合わせで、合計は25だ。

瞑想で同期できたのか、帰り道、過去何度も通っている駅前の古本屋さんが「木鶏堂」という名前だったことに初めて気付いた。実は、年末の天真書法塾発表会用に制作している私の作品タイトルは、まさにその「木鶏」なので、鶏鳴三声ともシンクロするこのタイミングでの発見には、流石に驚いた。夕方見た雲が鶏に見えるとスマホを通じて教えてもらったのもこの頃で、内宮に本籍地を置いている身としては、何だか嬉しい体験だった。
木鶏堂 
遷御の儀には、安倍晋三首相ご夫妻も参列されていたが、何と、我が国の総理がこの儀式に参列するのは昭和4年以来84年ぶりで、閣僚8人が参列するのも初とのこと。この事実を知ったのが、第88代国家公安委員長の古屋圭司氏のFBでのコメントだったのも興味深い。新著『霊性のアート』に「安倍首相の復活と剣山」という一節を設けた私としては、これも大変嬉しい出来事だった。

この日は、さらにもう1つ、ビックリするシンクロがあった。『日本の芸術論』(創元社)という本が八雲一丁目八-八という所から届いたのだ。Lが千住博さんの本に影響を受けて、「古書明日」という古本屋さんに注文していたものだが(古屋、古本屋のシンクロには古殿地から明日へという流れを感じる)、以前の持ち主のメモがあるということでかなり割安になっていた。開いて見ると、確かに購入日と購入場所と名前がそこに記されていた。

内宮遷御の儀当日というタイミングと、その持ち主だった方のお名前が「広神清」さんというシンクロ(神だけでなく清子さんとも繋がっている)に、何かただならぬものを感じて、ネットで少し調べてみることにした。すると、元筑波大の印度哲学(仏教学)の教授だった故人であることが判明。ネット上に他の古本の記述も散見されるし、故人やその関係者にとって、少なくとも害になるような事はないだろうと判断し、お名前と購入日についてここに書かせて頂くことにした。

メモによると『日本の芸術論』を広神清さんが手に入れられた日付は、昭和44年8月28日。臨時祭主、黒田清子さんの誕生日(4/18)から132日、私の誕生日から16日後のKIN257。私が剣武の稽古を始め、大神神社や石上神宮を参拝した時と同じKINだ(『霊性のアート』P140参照)。本が届いた10/2、安倍昭恵さんが伊勢の直前に大神神社を参拝された様子をFBで報告されていたこととも繋がる。

先に、KIN44から始まり、今夏16年間の実践期間が完了したと記した『20の銘板』日本語版は、現在44才の私が世話人をさせて頂いた(ということは昭和で数え続けたら88年)。その『20の銘板』に登場する「聖なる計画を取り戻す28日間のテレクトノン」は、調波33、KIN132で完了する。私はこの日、サグラダファミリアで入手した4×4(16升)魔方陣のTシャツを着ていたのだが、その合計は縦横斜いずれも33!「16年間のテレクトノン」の別名もある『20の銘板』日本語版は、13年前の完成時に内宮に奉納させて頂いている。

ところで、大変興味深いことに、広神清先生は、神道について書かれた「日本思想の根底にあるもの」という資料をWEB上に公開されている。最初に見つけた時は、コンテンツだけをサッと眺め、内宮遷御の儀当日に、芸術の本を経由して神道のことが書かれている資料に行き着くとは!と一人感動していたのだが、今日改めて確認をしに行って、また驚かされてしまった。コンテンツという文字がクリックできるようになっていたことに気付き押してみると、何とパワーポイントの資料がダウンロードされたのだ。

開けてビックリ!何とその内容は京都の吉田神社に直結する唯一神道(吉田神道)についてで、1ページ目に吉田山の大元宮が登場する。新刊『霊性のアート』の最初の出版記念セミナーは、今日からぴったり20日前の「白い磁気の風」の日(KIN222)に、その京都吉田山の麓で行われた。今日を含めると、このことを発見した今日が1日目、次に「遷宮記念セミナー」を再び吉田山の麓で行うのが44日目ということになる。ということは、最初の出版記念セミナーを1日目とすれば、易の卦と同期する64日目に再び同じ吉田山の麓に戻る事になる!

日本思想の根底にあるもの」には、老子や易経からの引用が盛んにしてあり、八卦についても記されている。『20の銘板』は易を銀河的見地から再解釈したものであり、同時に「地球の普遍的な信仰」を形にしたものでもある。吉田神道、それを引用しつつ「神道は 儒・仏との協調・共存において存在の基盤を得る」「神・仏・儒は相互に存立の条件をなす」と結論付けている広神先生の思想、『20の銘板』、そして『霊性のアート』(そのエッセンスはP187精神宇宙モデルにある)は、同じ方向性を持っていると、勝手ながら感じる。

吉田神道を調べ始めると、天児屋命、春日大社と繋がって、2012年の誕生日に春日大社を訪れたことにまで繋がってしまいそうなので、この辺までにしておこう。最後に、この10/2(KIN232)の宇宙天気ニュースのメモをしておく。【2日10時半頃に変化が到来し、太陽風の速度は600km/秒に、磁場強度は20nTにそれぞれ大きく強まっています。フィラメント噴出の発生から2日強くらいで地球までやって来たことになります。 かなり早い到来でした】。天照大神が新しいお社に移られるのを喜ばれたのかもしれない。

その後、今日までのわずか10日ばかりの間にも猛烈なシンクロが続いていて、全てがマンガのような展開で進んでいる。あまりに色々起こるので、10/2の時点でこれだけのことが起きていたことすら遠い昔のようで、手帳を見ながらでなければ、とても思い出せない状態だった。そんな訳で、通常は同じ日に2つも記事をUPすることは無いのだが、もはや溜めておくことが出来ない感じなので、Lの記事に続けてこの記事も出す事にした。

そういえば、電気の月23日の今日は、『テレクトノン』ボード上で天王星軌道の「地球」の紋章の箱に、男性性を象徴する黄色い亀と、女性性を象徴する白い亀、そして赤いのピラミッドが集合している。まさに「銀河の同期」状態。案外、一日に2度記事をUPするのにふさわしい日だったのかもしれない。

コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    最近の記事