新月の外宮とテオティワカンの太陽

2013年10月17日 02:50

■電気の月27日(G10/16)KIN246 白い水晶の世界の橋渡し(by D)

自分の62回目の銀河の誕生日が巡って来る「青い鷲」(ヴィジョンの力)のウェイブスペルの初日と新月が重なり、始まりのイメージが強かった10/5、伊勢の外宮では62回目の遷宮の締めくくりとも言える遷御の儀が執り行われていた。祭主は内宮の時と同じ黒田清子さん(KIN125)が臨時で務められ、ほぼ8年前から準備されて来た遷宮は、この儀式をもってひとまずの完了を迎えた。ひとまずと書いたのは、瀧原宮や伊雑宮などの別宮の遷御が、引き続き2014年中に行われるからだが、通常は外宮の遷御で完了と考えられているようだ。

ご神体を移す際の出御(2013年は20時〜)の合図は、鶏の声を真似たカケコーで統一されているのかと思ったら、外宮ではカケローだということを今回初めて知った。儀式が終わる頃に放映が始まる「世界ふしぎ発見は」、第1290回「UFO出現!?宇宙の中のテオティワカン文明の謎」というタイトルだったので、是非見たいと思っていたのだが、日中、剣武天真流師範科で新しいステップの稽古をして身体が刺激を受けたのか、突如猛烈な睡魔に襲われて、10分だけ横になるつもりがすっかり寝過ごしてしまった。

目が覚めた時には番組はもう始まっていて、画面を見た瞬間そこに映し出されていたのは、太陽のピラミッドと重なるように沈む太陽の映像だった。テロップには2013年8月12日と出ていたので、自分の44才の誕生日(KIN181)の太陽を、遷宮完了のタイミングで目にしたことになる。何やら縁起がいい。そもそも『13の月の暦』が誕生したきっかけは、この太陽のピラミッドに14才の少年だったホゼが登り、啓示を受けたことに端を発しているとも言える。

思えば、1999年に『マヤン・ファクター』の監訳者の滝元さんと共にメキシコを訪れた時、拍手をするとケツァル鳥の鳴き声のような反響音が戻って来るという体験を最初にしたのは、このテオティワカンケツァルコアトル神殿のエリアでのことだった。チチェン・イツァのケツァルコアトルククルカン)のピラミッドの前でも同じ体験をしたことは、『マヤのリズム』に記した通り。

同書にはギザのグレートピラミッドにも大変興味深い音響効果があることを実験的体験から述べているし、カバー絵もまさに降臨するククルカンがモチーフになっているので、マヤ暦の諸情報と共にその辺りにも関心のある方は是非手に取ってみて頂けたらと思う。新刊『霊性のアート』と同じくみよこみよこさんが描いて下さったカバー絵には、実は「13の月の暦」の全トーテムアニマルも描かれている。

さて、諸々のシンクロに興奮した私は、番組の方は適当に聞き流しながら「テオティワカン 8/12」で検索して、めぼしいデータが出ているサイトを探すことに夢中になっていた。最初にじっくり読む気になったのは、このリンク先だった。「新大陸の古代王朝(1)中米古代王朝の国家宗教と政治」と題されたその文章には、8/12のことだけでなく、今まで私が知らなかったテオティワカンの基礎単位(約83cm)のことや、それをベースにした都市設計に暦の比率が導入されていることなどが記されていて、実に刺激に満ちていた。

一体、どんな人が書いているのだろう?と目次に飛んでみると、愛知県立大学の杉山三郎先生という方によるものだと判明した。少し調べてみると、数年前にNHKのプロフェッショナルという番組にも登場されているような著名人で、かつメソアメリカの考古学・人類学がご専門ということが分かった。にも関わらず、これまで全く存じ上げなかったのは、単に私の勉強不足という話なのだが、もしかしたら、海外で活躍されて逆輸入というタイプの研究者であることも無関係ではないのかもしれない。

いずれにしても、テオティワカンにリアルタイムで深く関わっている日本人学者の存在が嬉しくて、早速『ロマンに行きてもいいじゃないかーメキシコ古代文明に魅せられて』(風媒社)というご著書を、その日の内に注文した。2日後のKIN237(10/7)に届いたこの本については、場を改めて書きたいと思うが(それだけ濃い)、3の月、「3・地球」の日、杉山”三”郎という「3」シンクロが鶏鳴三声ともリンクして、新時代参入の徴に思えたのと、発刊日の2012年1月25日もKIN137(7・地球)で、シンクロニシティをキーワードに持つ「赤い地球」でまさにシンクロしていたことだけは、メモしておきたい。

もう1つ、パッとめくって目にしたページに、この本が完成する直前に奥様が突然他界されたことの衝撃が綴られてことも、忘れないよう書いておこう。突然他界した息子ジョッシュに捧げられた『時空のサーファー』をきっかけに、ホゼや『13の月の暦』のことを知った私が、その大きな区切りとも言える2013年「銀河の同期」を越え、さらに遷宮も完了したタイミングで手にした本が、再び、突然他界した奥様に捧げられたものだったというのは、ある意味衝撃だった。しかもテオティワカンはホゼが啓示を受け、私も訪れたことがある場所だ。

思えば、私の霊性探求の旅も父の突然の他界がきっかけとなって加速したように思う。父の誕生日がG歴9/13でバクトゥン9.13.0..0.0を連想させる数であったり、13回忌のタイミングが2013年だったりするのも偶然ではないように感じられる。「世界ふしぎ発見」のスポンサーが父の勤めていた日立グループで、私が日立市の生まれであることも含めての話だ。

だが、この日の驚きはまだ続いた。太陽のピラミッドの正面に日が沈むのは8/12と4/29と書いてあるブログを見つけたのだ。4/29は、私の誕生日=8/12から260日後で、そのさらに260日後がLの誕生日という中間点なので、結婚記念日として、伊勢内宮に本籍地を移した日である。おそらく太陽のピラミッドは260日暦を意識した設計になっているのだろうが、両方の日付が書かれているのは「めぐりあいマヨルカ編」というタイトルの付いたブログひとつだけで、他に証拠は見つけられなかった(日本語サイトしか当たっていないせいもあるが)。

しかし、何でまた、マヨルカなのだろうか?前後の記述から筆者は海外で活躍されている研究者という像が浮かび上がるが、細かいことまでは分からない。ところで私は、今年の誕生日、つまりふしぎ発見を見た瞬間目にした太陽の日付から、KIN181(12・竜)という運命の道筋に入った。そして新刊『霊性のアート』のP181には、何と「マジョルカ島(=マヨルカ島)」という文字がはっきり記されているのだ!片やテオティワカンと8/12(誕生日)から辿った先のブログ名、片や新刊の中で話の都合上偶々P181に記されることになった島の名前。共通するのは、私の誕生日から辿ったという点だけだが、この繋がりに私は深いものを感じている。

実はこの日(10/5)、京都精華大学ファンクラブの会員証も手元に届いた。オノ・ヨーコ(4・橋渡し)が大学を訪れた時の様子を収めたDVDや、マンガ博物館の無料チケットまで付いている優れもので、流石にダライ・ラマ法王を招聘するだけあって目の付け所やセンスが良い。私とLの会員ナンバーの合計は207で、ちょうど2012年冬至=マヤ長期暦の完了の日の『13の月の暦ツォルキンの日付とシンクロしていた(伝統のツォルキンだと4アハウという別な日になる)。

一方、テオティワカンの日没とピラミッドの正面方向が8/12にシンクロするよう設計されているのは、マヤ長期暦の始まりの日を意識したものと考えられているようだ。一般に、長期暦の始まりはBC3114年8月11日(※)という説が通っているが、区切りの問題は数え方によっても変わるので、当然8月12日という説も出て来る。どちらの説を取ろうとも、伝統のツォルキンは長期暦との関係が一定なので、始まりの日も終わりの日も必ず4アハウという同じ日になる。

しかし、グレゴリオ暦の閏日を計算に入れる『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンだと、話は違う。そこでKIN3Dという無料アプリで計算してみたところ、8/11ならKIN150、8/12ならKIN151(8・猿)という事になることが分かった。今から24時間以内にその生演奏を聴く予定のビセンテ・アミーゴの誕生KIN、日本語版ドリームスペル第2版の受付開始日、そのどちらもKIN151だということを知っている私からすると、今、この瞬間に気付いたこと自体が大いなる徴に思えてしまう。一連の流れを振り返れば、決して大げさな表現ではないと思うのだが、いかがだろうか。

※計算機で計算する場合は紀元0年を入れる必要が出てくるためBC3114=−3113ということになる。この辺りの詳細を知りたい方は、『マヤのリズム』を参照頂きたい。

※この記事が当ブログの683番目の記事になったのも偶然ではなさそうだ。杉山先生はパレンケの発掘調査にも関わられているが、パカル王がこの世を去ったのはまさにAD683年のことである。

※京都精華大の住所は137(7・地球)。ビセンテはアルバム『Tierra』(スペイン語で地球)を引っさげての来日公演。

コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    最近の記事