春分の大倉山円卓座談会と「三種の神器」

2014年03月26日 01:09

■太陽の月19日(G3/25)KIN146 白い電気の世界の橋渡し(byD)

『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンで「3・橋渡し」(惑星ホロンは日本のエリアに対応)の今日、三重県・伊勢神宮に<三種の神器>が20年ぶりに集まることをニュースで知った。『ドリームスペル』(「13の月の暦」の源の箱形キット)日本語版を、ホゼ・アグエイアス氏らと共に内宮で奉納したのは2004年3月31日なので、ほぼぴったり10年。

当時の様子は『シンクロニック・ジャーニー』に詳しく記したが、確かKIN141か142だったはずと思って確認すると、やはりKIN142(12・風)。先の春分の日と同じKINだ。一体何回ツォルキンが巡ったのかと計算してみると14回。2014年春分が『ドリームスペル』奉納から14銀河スピンだということを、伊勢に<三種の神器>が集まるタイミングで知ったことに美しさを感じる。

他にも沢山のシンクロに気付いたが、上記の繋がりに注目して、今日は春分の日のことを少し整理しておこうと思う。ペルシア(イラン)で新年が祝われ、マヤ遺跡チチェン・イツァのピラミッドにククルカンが降臨したその日、大倉山記念館で「水と自然の不思議について語る円卓座談会」が行われた(当日の様子はコチラ)。
大倉山 
主催は、シャンバラ教室生の尾崎浩子さん(KIN78)。きっかけは、今年の1/13(KIN75)に行われた「シンクロ旅行術」にあった。終了後、尾崎さんが「少し前に記念館の使用登録をしたので、何かイベントとかやる時は言って下さい」と言うので、「そこは『霊性のアート』で色々と協力してもらった佐藤君の近所だから、円卓読書会のスペシャルバージョンとかやれたらいいですね」と答えた。

すると、尾崎さんは「それ、やりましょう!」と即反応。以前の「ドリームバンク」(夢の種を開花させるワークショップ)で、「講演会のようなイベントの企画開催」と書いていた夢が、思いがけない形で早速叶いそうになって興奮したらしい。確かに、具体的な企画を考えていた訳でもなく、佐藤君が近所に住んでいることも知らなかったら、そういう感じになるかもしれない。
円卓 
映画やドラマのロケにもよく使われるという第5集会室には、まるでしつらえたように円卓がある。春分ならまだそこが空いているということで、日時と会場が決まった。ちなみに、尾崎さんが登録された団体名には、369という天照大神の数霊が含まれている。ドリームスペルの伊勢奉納から正確に14スピンのタイミングに、369の団体名で第5集会室を借りられたのも、銀河の五度和音を奏でる目的で地球にもたらされたドリームスペルの力が、どこかで働いたからなのかもしれない。

しかも、今年の春分は『ドリームスペル(13の月の暦)』において「協力/捧げる/普遍化する」「スピリット/伝える/呼吸」のキーワードを持つ「白い水晶の風」の日。私の現在の道筋が「赤い水晶の竜」であることも踏まえると、まさに「結晶」について語るのに相応しい「水晶の円卓の日」(ウェイブスペルの12番目の日)だと言える。

ところで、先に書いた佐藤君こと佐藤誠哉氏は、『水からの伝言』(著者の江本勝氏と共に世界的に知られる写真集)に掲載されている大半の写真を撮影し、結晶実験に多大なる貢献をした人物で、『霊性のアート』では結晶のことだけでなく、ものごとの本質に迫る幅広い話題で協力してもらっている。本の中同様、ここでは慣れ親しんだ呼び方である佐藤君で通させてもらうが、彼の仕事ぶりや生き様を知ると、気軽に「くん」なんて呼べなくなりそうなくらいの大魔法使いであり、達人である。
マサヤ 
今回の座談会でも、拙著に紹介しきれていない結晶実験の細かな背景から(愛・感謝の結晶は、どういう経緯で撮影されたかとか)、虫とのコミュニケーションや夢と現実との繋がり等に至るまで、驚くべき事例をいくつもシェアしてくれた。クモとのコンタクトや、夢で観た安土城の話(信長も登場)には誰もが驚かされたが、一番驚いていたのは私かもしれない。何しろ、ちょうど佐藤君がその夢を見た頃、思いがけないシンクロに導かれて実際に安土の地に足を運んでいたからである(「聖徳太子の光る岩とかぐや姫の竹林」参照)。

加えて、当日参加してくれていた天真書法塾虹風教室の本田虹風さんは、お正月に池袋西武で行われていた寿三郎人形展の本能寺のシーン(メインは信長の人形)に、書で参加協力もしている。私達は、信長からのサインを、それぞれ同じころに別な形で受け取っていたのかもしれない。だが、夢の話については、運慶、快慶の話も実に興味深く、Lは独自の感性で受け止めつつ「きっとそうだったと思う」と深く納得していた。

また、座談会形式で行ったことで、参加者の皆さんからも様々な体験がシェアされ、予定していた3時間はあっという間に過ぎてしまった。改めてはっきりしたのは、人が古代から当たり前に使って来た夢見の力や、自然とのコミュニケーション能力というものを正面から扱う事で初めて、結晶実験の場で起きたことの本質に一歩踏み込んで行ける、ということだった。その部分を排除して臨む現代科学の手法では、インチキというレッテルを貼って片付けておくしか無くなってしまうのだと思う。

それにしても、今回は会場そのものにも大いに驚かされた。その重厚なデザインだけでなく、背景そのものが驚きだった。そもそも、大倉山という駅は、そういう山があったからだと思っていたら、そうではなくて、この記念館の前身とも言える大倉精神文化研究所に由来することを、今回初めて知った。しかもそれは、東洋大学の学長等も歴任された大倉邦彦氏という個人によって設立されたものなのだ。つまり、大倉山駅の大倉とは、大倉邦彦氏に由来するものだったのだ。長年、横浜市民だったにも関わらず、全く知らなかった。

そして、その大倉氏は、近所に住む佐藤くんと同じ佐賀の出身。1882年4月9日生まれのKIN81(3・竜)で、1971年7月25日(KIN173)に89才で他界している。九品仏でお昼を食べてから会場入りし、終了後は九段下に向かった私からすると81(9×9)も面白いと思えたが、安土を訪れたのが、ホゼの命日KINでもあるKIN89だったことともシンクロしているように思えてならなかった。

しかも、この大倉氏、かなり誕生日に拘っている人で、48才の誕生日(KIN181)に研究所の発展と根本理念を永久に留めるために鎮礎式を行い、何と、以下の事が碑面に刻まれた「留魂碑」というものを、本館中央地下約9mに埋めたらしい。まるで伊勢の「心の御柱」のようではないか。
一、人が人として宇宙人生の正法に安住せん事を念願す
一、人が国民として天孫中心の君国を永遠ならしめん事を念願す
一、人が業人として自他の存続発展を基調とせん事を念願す
一、一国思想の源泉は宗教と教育にありと信じ是を建立す
ちなみに、KIN181は今現在の私の「運命の道筋」であり、本日のサイ時間単位でもある。G暦的には日付が変わってしまったが、私としては何としても今日、この稿を書き上げねばならないという気持ちだった。

そして、この大倉山精神文化研究所は、大倉邦彦氏50才の誕生日である1932年4月9日(KIN131)に竣工し、研究所もその日に開所している。今回の円卓座談会は、精神文化の本質に触れるような内容だったと思うが、まさにそのKIN131(1・猿)から始まるウェイブスペル(13日間)の12日目「水晶の日」に開催された。また、この建物は大きく5つの棟から成っていて、私達が使わせてもらった第5集会室は、「知性・教養」を表す西館で、当時、応接室・貴賓室として使われていたようである。

尾崎さんの願いと、佐藤君の縁、そして大倉邦彦氏の信念の力に引き寄せられて、今回の円卓座談会は、このタイミングにこの場所で開かれたのだと感じる。もちろん、留魂碑と私がKIN181を通じて共鳴したということもあるだろう。私は、こういう現象と結晶写真の生まれる背景には、共通した要素があると強く感じている。

が、最後にもう1つ、ビックリ!なことに気付いてしまった。実は座談会の中で、1月に他界された船井幸雄氏がかなり話題に登っていた。「船井氏が気を入れた水道水」というのは、水道水のポテンシャルを遥かに越えた変化を実際に見せていたからだ。それで、気になったLは、船井氏の他界した日を座談会中に調べていた。その1/19は、何と大倉氏の誕生KINと同じKIN81だった!しかも81才での逝去。

さらに、私は驚くべき事に、今、気付いてしまった。『霊性のアート』には、安倍昭恵現首相夫人が剣山に登られたエピソードを紹介しているが、その日付もKIN81(3・竜)で、その時、一緒に登山した5名のメンバーの一人は、何と船井氏の後を継がれている船井勝仁氏だったのだ!

ここから先は是非『霊性のアート』を入手して、P137を熟読して頂きたいのだが、その剣山には第81代安徳天皇が(実は生き延びて)<三種の神器>を隠したという伝説がある、ということを記しているのだ。これで、今日どうしても書かねば、という気持ちになった謎が解けた気がする。単にKIN181(12・竜)の共鳴だけでなく、大倉氏ー船井氏ー剣山のKIN81(3・竜)シンクロについて、KIN241(7・竜)の私が記録しておかないといけないタイミングだったのだろう。これで今晩はゆっくり眠れそうである。

コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    最近の記事