心身をiPS化する技(アート)

2014年06月13日 22:40

■水晶の月15日(G6/13)KIN226 白い倍音の世界の橋渡し(by D)

今日はチベット暦でのサカダワ満月。お釈迦様の誕生、成道、入滅を記念する日で、この日に積む善行は何万倍にもなるというからチベット圏では大変盛り上がる。インド暦でのウェーサーカ(ウエサク)と同じ意味を持つ日だが、他の仏教圏のいくつかでウエサク祭が1つ前の満月に行われたように、扱う暦によってその日付も変わってくる。
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「お釈迦様に関する特別な日」でさえこうなのだから、諸々の暦が定める吉日とか凶日と言うのは、決して絶対的なものではないことが容易に分かる。日付の”意味”は全て、「使っている暦」に依存しており、その暦で生活している特定の文化圏の人々の(集合的)意識によって保持されているのだ。

しかし、ひとつの暦だけを使い、ひとつの文化圏でのみ過ごしている人々には、そういう自覚は生じにくい。例えば、今日はグレゴリオ暦では「13日の金曜日」で、満月は13時11分(日本標準時)だった。キリスト教圏だと13は忌み嫌われる数だが、マヤの世界観では13は天界を示す聖なる数だ。

これも、文化圏、宗教圏によってその意味が真逆に変わる典型的な例だが、もし一方の文化圏でのみ生活していたら、おそらくどちらかの意味だけで、ほぼ固定化されてしまうだろう。ひとたび固定化された意味は、その文化圏では、それなりの力を持つようになる。だからこそ、「良い日取りで」なんて縁起をかつぐ人も出てくる訳だ。

だが、全体を俯瞰し、暦の成立以前にまで戻って捉え直す事ができる方なら、本来、日付に特定の意味など無いことを即座に悟るだろう。と同時に、意味は文脈によって如何ようにも変える事が出来ることにも気付くだろう。『13の月の暦(ドリームスペル)』の存在意義は、まさにそこにある。

この暦は、無意識領域で条件付けられている(無自覚な)「諸々の縛り」から私達を自由にする、という目的でこの時代にもたらされたものなのだ。しかし、そういう背景を知らずに、「目新しい占い」的なノリで使っている人も多い。特に「マヤ暦」と誤って認識している(自分で調べるということをしない)人々は、ほぼ例外無くそうだ。

せっかく「自由になるための道具」を手にしていても、扱い方を間違うと、全く別な方向に行ってしまう。どんな道も、最初の一歩はとても大事だ。入口を誤れば、これまでとは別の「固定化魔法」にかかるだけで、この暦をわざわざ使う意味が無くなるばかりか、余計なしがらみを(潜在意識に)新たに生み出すことにもなるだろう。

13の月の暦(ドリームスペル)』の本来の役目は「意識のiPS化」にある。そして、クリカで行っていることは、ある意味全て「心身のiPS化」(=自由度の増大)と関係している。パカル王の墓室発見62年目に当たる今週末(G6/15)には、天真体道瞑想クラスがある(パレンケの石と共に地球へダイブする瞑想を予定)が、その土台となっている新体道は、もともと「心身の0化」を目指す体技だ。

当然、天真書法塾シャンバラ教室や剣武天真流蒼天道場も同じ土台の上に立つアート(技)であり、名人の臨書や型を通じて、自分に染み付いている様々なクセを取り除いて行くことが意図されている。また、ウォーターセラピーやコンサルテーションも、別な角度から潜在意識に染み付いた習慣を解放して行く技(アート)と言える。

「おきなわ」と「きんき」で予定されているシンクロニック・アートラボは、そうしたアート(技)のエッセンスを、短期間で獲得するまたとない機会だ。沖縄については、奇しくも天皇皇后両陛下の訪問とタイミングが重なることになったが(沖縄行きを決めた時点ではまだ発表されていなかった)、これも、時間に関するアートと無関係ではないと私は感じている(天王山の麓や上野でも予期せぬ形でお会いしている経験から)。

この記事だって、もともと沖縄のシンクロについて書こうと思っていたら、今朝になってサカダワだと知っただけで、サカダワに積んだ善行が何万倍にもなるから、という理由で書いたのではない。そもそも、この記事をUPすることが「善行」に当たるのかどうかだって怪しい。ただ、自由度を高めるアート(技)に、人生を豊かにする働きがあるのは確かだ。

もし、このブログを読んで、参加してみようかな?なんて思った方は、今日中に申込みをすると、その効果は何万倍にもなる!・・・かもしれない(笑)。ひとつ言えるのは、決意の早い人ほど、それに応じた恩恵を受けるということ。よく観察していると見事に当てはまる法則なのだ。この直線時間ではまだやって来ていない「未来の時間」でも、決意して行動する人は、見えない次元でその「場」と繋がってしまうのかもしれない。

直前に申込まれる方でも、知った瞬間に行動する人なら同じことだ。気持ちが一気にそこと繋がる人は、自然と行動も連動するし、頭での分析やら損得勘定が入ると、一挙に動きが鈍くなる。ただそれだけのことだ。体技をやっていると、このことがよりリアルに感じられる。こういうのも、ひとつのアートなのだが、活用されるかどうかは皆さん次第。

暦のクラスに参加して、すぐに使いこなせるようになる方もいれば、そうでない方もいる。まっさらであればある程すぐに使える可能性が高い、というのは細胞でも意識でも同じだ。既に分化してしまって久しい(中途に色々な知識のある方の)場合は、iPS化するのに少し時間がかかるが、諦める必要はない。誰であれ(当然私も)潜在意識の中には、条件付けられた無数の無自覚な習慣が横たわっている。ただ、それをiPS化するアートを実践するかどうかで、その後の自由度に大きな違いが出て来るのは、体験からも観察からも明らかである。

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