おきなわ祈りの旅「共振」

2014年07月05日 00:39

宇宙の月8日(G7/4)KIN247 青い宇宙の手(by D)

ユインチホテルの天然温泉は、地底2119m(約500万年前の地層)から湧き上がる湯で、最古の人類である猿人が生まれた頃の太古の海水が含まれているらしい。「猿人の湯」という名もそこから来ているとのことで、朝、その湯を浴びながら太平洋を眺めていると、自分の中にある「猿人の遺伝子(時間層)」が活性化される思いがした。
ホテルより朝陽 
26日に梅雨明けしたとは言うものの、朝も一雨降ったようで、けっこう道が濡れていたりする。20年ぶりに訪れた斎場御嶽は、単に記憶が無いだけか、世界遺産になった関係で色々変わったからかは分からないが、随分と違う印象になっていた。外に観光客も沢山いるし、時間に余裕がある訳でもないので、まずは、ホテルの説明文にあった「寄満(ユインチ)」で黙想。

次に「三庫理(サングーイ)」に移動して天真五相、栄光、立位十瞑想を奉納。丸山師範の号令にぴったり合わせるように、ちょうど陽の光が差し込んで来たのが、何とも美しかった。世界平和や慰霊を意図した祈りとは言っても、現場では道友と気持ちを合わせてただ無心に型を演じるだけだ。しかし、その方が、大自然(=霊の集合体)も応えてくれるような気がする。
斎場御嶽
実は、20年前にも同じ場所で天真五相を奉納しているのだが、63回目の銀河の誕生日に、師や道友と共に行った天真五相には、何とも言えない共振・共鳴感覚があって、多次元的に位相が揃うことで生まれる広がりや力というものを感じた。その後、久高島を拝して任務完了。バスに戻る途中で雨がパラつき始めたものの何とかもって、那覇に向けて移動し始めたら豪雨になった。
久高島 
梅雨明けしたとは言っても、断片的なスコールはあるようで、またたく間に道が川のようになって行く。もし、スタートがちょっと遅れていたら、バスの中もびしょ濡れ状態だったかもしれない。那覇に着く頃には青空が広がっていて、首里城に到着した時には、日差しもかなり強くなっていた。演武会場は、守礼門のすぐ横にある芝生の広場で、前夜沖縄入りしたLと、アートラボ主催者の香奈さんらともそこで合流。

演武が始まると、どこからともなくトンボが集まって来て、演武中ずっとそこらを飛び回っていた。最後は、青木先生が指導員を中心に稽古もつけて下さって、無事終了。お天気にも恵まれて、予定していた全ての場所で奉納演武が行えたのは、何より幸いだった。そのように流れを組んで下さった青木先生、吉田先生に深く感謝したい。そして、それを迎え入れて下さった沖縄の方々(目に見えない存在や大自然)にも心からの感謝を。
首里城 
夜のライブまでは自由時間ということで、演武を見に来てくれていた香奈さん(13・猿)、綾野さん(6・猿)、豊樹くん(11・夜)、L(10・猿)と共に、再び斎場御嶽がある南城市方面に車で移動。私以外の全員が変容の「青」で、「猿」が3人もいるのは、「猿人の湯」に浸かったことと関係があるのだろうか? しかもこの日、誕生63銀河スピンを迎えた私を乗せてくれた豊樹くんはKIN63。何ともよく出来た話だ。
ハーブ農園 
ハーブ農園に併設されているハーブカフェウコンサロンで、エネルギーに満ちたランチを頂いたあと、農園を見学。往復の車の中では、琉球王朝が統一される前の3つの王統があった時代について、色々と教えて頂いた。Lは首里城で待っている間に家系図なども見せてもらったらしい。この地には、まだまだ語られていない歴史が何層にも横たわっている。

国際通りにある「チャクラ」でのライブが今回のセミナーの最終プログラムなのだが、開始まで結構時間があった。だが、そういう待ち時間すらシンクロで満たされてしまうのがドリスペプレイヤーである。ちょうど近くで親戚の集いがあったというYさんが、その様子をスマホで見せて下さりながら、これまた家系図付きで解説して下さった(『ハバナ奇譚』でもジョジョ第8部でも家系図は重要な位置づけを持つ)。

そこには、NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』でナレーションとおばぁの役を兼任された平良とみさんの姿もあった。たまたま誕生日も印刷されていたので、その場で誕生KINを調べてみると、何とKIN181(12・竜)。これには流石に驚いた。何故なら、私はその時、KIN181の方から頂いたプラダのショートパンツを「意識して」履いていたからだ。

このKIN181の方については、本が一冊書けてしまう程の奥深さがあるので、ここでは説明を割愛するが(※)、せっかく縁あって頂いた品を、自分の道筋がKIN181であるうち(=G8/11まで)に履いておこうという気持ちで、普段殆ど履くことのないそのパンツを持参し、この日、沖縄に来てから初めて履いたのだった。その話に関心を持たれたYさんご自身からもリクエストがあって、誕生KINを調べてみると続き番号のKIN182。つくづく面白い。

そうこうするうち喜納昌吉氏のライブがスタート。その圧倒的な迫力と存在感は、ライブでこそ味わえるもので、これはスゴイ!と身体の芯から感動。それこそ、音楽の神様とチャネルしているかのようで、ある部分、青木先生の演武と通じるものがあった。翌日はホテルのロビーで閉会式があるだけなので、メンバーの一部はそのまま那覇の夜を梯子したようだが、私はホテルに戻って翌日に備えることにした。

既に放映時間は終わっていたが、この日TBS系で放映された世界ふしぎ発見では、何と「沖縄・ケラマ諸島」が取り上げられていた。全世界を扱う番組だけに、沖縄滞在中に沖縄が取り上げられるというだけでも驚きなのだが、私達は2日後にそのケラマ諸島に行く計画になっていたので、驚きはさらに大きかった。この番組と旅先とのシンクロ率の高さは尋常ではなく、過去にも何度もこういうことがあった(ブログや著書にもその証拠はいくつもある)。

父の勤めていた会社と関係がある番組だからなのか、もっと別の理由なのかは分からないが、今回はタイミングも場所もピンポイント度が高かったので、何か読み取るべきサインがあるのかもしれない。そんな事を思いながら、易で見れば「完成」、『時間の法則の20の銘板』なら「達成」に対応する「63」という数の銀河の誕生日は、これ以上無いくらい充実した特別な一日となったのだった。

(※)きんきアートラボの中で必要があれば話そうと思う。私がKIN181の道筋を歩んでいる間が、この件に関する旬な期間と言えるだろう。

コメント

  1. Alchemilla | URL | -

    Re:おきなわ祈りの旅「共振」

    いつもながらに、シンクロ率高いですね

    私には喜納さんが共振でした。

    喜納昌吉さんの歌は感動ですよね。
    ライブももちろんですが、声が出ない状態で花をうたっている
    ビデオを見ましたが、鳥肌もので感動しました

    ところで喜納さんKIN53(1948/6/10)生まれです
    天と地をつなぐ「空を歩くもの」らしい言葉を
    お聞きしたことを思い出しました。

    「人(の世)がととのってくれば天はおのずと降りてきて、天地はつながる」
    というものでした

    そして、これにつづいてこの言葉を聞いた場所を思い出しました。

    1999/10/9浜松の水俣展でした。
    (この水俣展では喜納さんライブと緒方正人さんの講演会がありました。)

    私にとって浜松は13の月の暦を知った場所でもあるので
    この記事は まさに 共振 でした

  2. D&L Obara | URL | -

    Re: Re:おきなわ祈りの旅「共振」

    > ところで喜納さんKIN53(1948/6/10)生まれです
    > 天と地をつなぐ「空を歩くもの」らしい言葉を
    > お聞きしたことを思い出しました。

    喜納さんがKIN53なのは知っていましたが、6/10生まれなのは忘れていました。
    今年、その日は安倍昭恵さんのカレンダーラウンドだったので、喜納さんは
    安倍昭恵さんの道筋を歩んでいることにもなりますね。

    手帳を確認したら、私が天皇皇后両陛下お沖縄訪問の日程を知ったのは、まさに6/10でした。
    『霊性のアート』と昭恵さんの繋がり、沖縄の喜納さんと両陛下の沖縄訪問の繋がりに
    気付かせて下さり、ありがとうございます。

    さすがにKIN33「赤い共振の空歩く者」のAlchemilla さんですね。
    そういえば沖縄では国道330号を何度も通りました。

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