おきなわ祈りの旅「7匹のウミガメ」

2014年07月15日 00:29

宇宙の月18日(G7/14)KIN257 赤い惑星の地球(by D)

G6/30(KIN243)の朝、出掛けにPCをチェックすると、前夜びっくりするようなシンクロでお会い出来たアウェハント静子さんがFBリクエストを承認して下さっていて、私の友達はちょうど330人になった。滞在しているホテルのすぐ裏手は国道330号。沖縄に来るまで330号が那覇市内を走っていることすら知らなかったのだから、このシンクロもまた興味深い。

この日は、イベント無しの完全オフ。この季節の沖縄に来て海で泳がない手はないということで、予め日程を空けておいたのだった。友人の増田さんご夫妻の紹介で通うようになった横浜元町のヘアサロン「アンブロシア」のオーナー・野田さんご夫妻は、かなりの沖縄ツウと聞いていたので、沖縄行きを決めた時、Lがアドバイスを求めたのだった。

結果、ご本人達も毎年行かれるという座間味に決定。野田さんが、懇意にされているマリンショップIRIEの鈴木さんのことも紹介して下さった。高速船「クイーンざまみ」を使えば那覇から50分、ターミナルのある泊港に向かう。出発前に軽く腹ごしらえと、マーミヤカマボコを購入すると、おばさんがオマケで結構追加してくれる。このさじ加減が沖縄の魅力のひとつなのかもしれない。

船が動き出してしばらくすると空が暗くなって来て、ウトウトし始めた頃には豪雨になっていたが、島に到着するまでそれは続いていた。屋根のある桟橋に下船する時の僅かな隙間でも濡れてしまいそうな降りだったので、Lは折り畳み傘を開きながら出口に向かっていたが、幸い降りる瞬間には雨は止んでいた。しかし、鈴木さんを見つけて車に乗り込むと再び豪雨に。

「お天気がちょっとねー…、先に島巡りでもしましょうか」と申し訳なさそうに言う鈴木さん。私達に喜んでもらいたいという気持ちや、野田さんから「頼むよ」と言われている関係もあるのだろうが、あまりに天気を気にし続けているので「鈴木さんが心配するから降るのよ、この人(→D)は晴れ男だから大丈夫!」とLが一喝。それが効いたのか、マリンショップで手続きしたりしているうちに、船も出せそうな雰囲気になって来た。

アシスタントは神奈川の座間から来てまだ2週間というAさん。座間から座間味というのも洒落が利いている。鈴木さんの誕生日をお聞きすると、ちょうど同じタイミングに沖縄を訪問された美智子皇后と同じKIN15(2・鷲)。狙ったようにボートも15人乗り(※1)。最初のポイントは、風も穏やかな静かな入り江。周囲に人工物や川が無いからか、豪雨の直後でも透明度は高い。座間味島は、2日前の「世界ふしぎ発見」で取り上げられていた慶良間諸島のひとつでもあるから、まさに今、ケラマブルーを目にしている訳だ。
亀の海 
シュノーケリングを始める頃にはすっかり晴れて、自然が生む驚くべき色彩の魚達を堪能。虹の輪に囲まれた太陽の下、船底から海中がよく見えるグラスカヤックを楽しんでから、ウミガメ出没率の高いポイントに移動。必ずいるとは言い切れないが、大抵1、2匹には会えるらしいので期待が膨らむ。海に入って間もなく、底の方から亀が浮かんで来るのが見えたので、気持ちを合わせて近付くと、私の胸の真下に入る形になったので挨拶のつもりで甲羅に軽くタッチした。
座間味日輪 
後で鈴木さんから「驚いて人に近付かなくなるから触らないで下さい」と諭されたが、特に驚いた様子もなかったし、予め本人(亀)に断りも入れた上でのこと。もちろん、海で仕事をする人々のルールというのがあるのだろうから、それは尊重したいと思うが、亀でも魚でも雨雲でも、謙虚さと畏敬の念を失わずにコミュニケーションすれば、その行為がマズイことかどうかは、自然がダイレクトに教えてくれるものだ。

その海域には、亀が好む海藻が生えているようで、都合7匹もの海亀を間近で見ることが出来た。殆どの亀は海底にある海藻を無心に食べていて、大抵その周囲には魚達が群れていた。きっと食べこぼしにあずかっているのだろう。しかし、何より印象に残ったのは、亀が海底から海面に息を吸いに行き、また海底に潜って行く場面を見られたことだった。私はその時、ある仏教のたとえ話を思い出していた。

「大海の底に一匹の盲亀がいて、百年に一度、海面に浮かび上がってくる。その時、大海原に浮かぶ流木に空いた小さい穴から偶然その亀が顔を出す。そんなありえない出来事よりもありえない貴重な機会が、人間に生まれるということなのだ」…とまあ、ざっとこんなお話なのだが、もうちょっと正確に知りたい方は、『雑阿含経』の「盲亀浮木(もうきふぼく)の喩え」で調べてみると良いだろう。

ところで、亀は『13の月の暦』において、13番目の「宇宙の月」のトーテムアニマルである。海亀でも緑亀でも、亀の甲羅は13の区画に分割されているのを知れば、なるほどという気持ちになるが、その「宇宙の月」の最中に7匹もの海亀に会えたのは、何とも嬉しいことだった。しかも、13×7=91は、1年の四半期であるというだけでなく、今回の「おきなわシンクロニック・アートラボ」を主催してくれた、香奈さんのKIN91ともシンクロする。
もずくそば 
体力的にもちょうどいい塩梅で陸に上がり、少し遅めのランチに噂の「もずくそば」を頂く。野田さんが「絶対に食べさせるように」と言伝していたこともあって、鈴木さんは(麺が切れ次第終了となるので)海に入る前にも店に立ち寄って下さったのだが、普段なら11時には始まるランチが、あいにく前日までの大きなイベントで麺を切らしていて、お昼過ぎの船が来ないと出せないとのこと。

しかも、人気商品なので「2時過ぎには売り切れてしまっているかもしれない」とも言われていた。それだけに、まだ食べられると分かった時は嬉しかったし、鈴木さんも心底ホッとした様子だった。味は確かに絶品で、あっという間に完食。やはり、センスのある方のアドバイスは聞いておくものだ。その後、夕方の船の時間までは、車で少し海岸沿いを登った「神の浜」の東屋で、海風を浴びながらのんびりと過ごした。
水平線 
聞けば、この島も戦時中はあちこちで集団自決があった所で、見えない世界とは殆ど無縁という鈴木さんも、この島に来てからは、それなりに体験があったようだ。そのお話を聞きながら、私は、祈ったり奉納演武をしたりすることだけが慰霊になるのではなく、土地の歴史や背景について、何らかの形で知り、そこに想いを巡らすこともまた、ひとつの慰霊行為になり得るのではないかと、改めて思ったのだった。

きっかけは色々あったが、「サムライと書道展」でイタリアのトリノに行った時、現地に行くまで知らなかった航空機事故(※2)と、時空を超えて繋がる体験をしたことが大きかったように思う(その時も91がキーナンバーだった)。また、そのことは「時空の周期性」に関して、「13」が新しい視点をもたらしてくれる可能性を示してもいた。それを証明するかのように、東屋の近くに建てられた「慶良間諸島国立公園」の碑には、大変興味深い日付が以下のように刻まれていた。

<指定:平成26年3月5日> すかさずKIN3Dで調べてみるとKIN126「9・橋渡し」と判明。『マヤのリズム』を発刊した時の私の運命の道筋で、この本を編集して下さった天野照久さんの誕生KINだ。その碑を見ている今日KIN243は「9・夜」だから、国立公園に指定されてから13の倍数の日数が経過しているはずだ(同じ「銀河の音」になるのはそういうことを意味する)。243–126=117=13×9。マヤの世界観における「天界の数」と「冥界の数」がここにも出て来た。

それを目にしたのが「神の浜」展望台で、そこから見えている海で、7匹の亀に出会ったのも美しい。何故なら、マヤの世界観で「7」は、天界と冥界の間にある「現世の数」だからだ。つまり、この日、私達は13、9、7というスペシャルナンバーを、「13番目の月」を守るトーテムアニマルの「亀」と、慶良間諸島を訪れた「時」から知らされた訳だ。

他の方にとってはさておき、少なくとも私にとっては、現地でそういう繋がりに気付くことの中に、途切れていた時空の回路を繋ぐという意味での「慰霊」があり、断片化されていた自分の内部に繋がりを見出すという意味での「清め」があると、強く感じるのである。たとえ、それが「慰霊」や「清め」を意識していないレジャーを通じて体験することであっても、プリセッション的に、私達はそういうことをしているのではないだろうか。


(※1)このブログにとりかかり始めた7/12は、ちょうど鈴木さんの32才の誕生日で、32匹の失われた木彫りの海亀(奇跡の亀)との繋がりを思い出していた。同時に、この日は、NPOクリカで10名余りの子供達を支援しているマナサロワール・アカデミーの創立15周年のタイミングで、さらには、ダライ・ラマ法王による33回目のカーラチャクラ灌頂が完了したタイミングでもあった。「奇跡の亀」の消印は2009年7月17日で今年の鈴木さんの誕生日とシンクロするKIN255だった。つまり、消印から260日暦がぴったり7回巡った日が、今年の7/12満月だったということだ。

(※2)スペルガの悲劇として知られる事故で31名が亡くなっているのだが、慶良間諸島が日本で31番目の国立公園で、全くの新規は1987年の釧路湿原以来というのは、この記事を書いた後に知った。


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