インドと仏陀とカレーの縁

2014年09月25日 12:18

■電気の月6日(G9/25)KIN70 白い倍音の犬(by D)

ナマステ・インディアという日本最大級のインド・フェスが、今年もG9/20,21に行われた。何故か周囲にインド関係者が多い私達は、以前からそのイベントについて耳にはしていたが、実際に私が会場を訪れたのは、今年が始めてだった(Lは2度目)。いつも何かしら予定が入ってしまっていることが多かったので、ようやく行けるタイミングが巡って来た訳だ。

会場は少し前にデング熱報道で奇妙な盛り上がりを見せていた代々木公園。諸々のイベントが中止に追い込まれたり、他での開催を迫られたりした中、予定通り開催されたのはこのナマステが最初。きっと主催者には相当なご苦労があったと思うが、無事開催されたのは何よりだった。一応、虫除けスプレーはしつつも、アジア圏を旅したら、ウィルスを持った蚊に遭遇する確率はもっと高いんじゃないか?なんて思ったりもして、過剰反応気味な報道の方にむしろ疑問を感じた。

写真家の松本榮一さんが、初日の午後にブッダガヤの大塔について話をされる予定だったので、お昼も会場内のフードコーナーで食べるつもりで、正午より少し前に到着。いきなりエントランス付近で思いがけない方を発見。前夜打ち合わせで同席していた剣武天真流のM師範のお母様だ。タイミングだけでなく場所にも意外さを感じたが、縁ある方のサポートで来場されているとのこと。先方はもっと驚かれていたから、私達もインドっぽくはないということだろう(笑)。

ちょうどすぐ側にインド大使のご一行がいらしていて、その先で、実行委員長の長谷川時夫さんにもバッタリお会いしたので、ご挨拶。松本さんとのご縁で、2年前の夏、東大寺で行われた「日印交流のはじまりと未来」というイベントに参加し、ちょっとばかりお手伝いをさせて頂いた(Lは松本さんの写真展の題字で協力)関係で顔見知りになったのだが、インドにまつわる人々の間では昔から有名人だというのを、その時知った。

入口真横にあった菩提僊那(東大寺毘盧遮那仏開眼供養の導師)コーナーを盛り上げて欲しいと言われたが、午前の終わりに本田虹風さんを通じて知り合った小田切淳子さんのインド舞踊があるので、まずはメインステージへ。ちょうど目の前に虹風さんを発見して近くに座る。淳子さんの見事な踊りを見てから、お昼を食べにフードコーナーへ。私は、後でまた何かつまむつもりでロイヤルカリーのナンドッグを頂くことにした。何故か行く先々でインド大使に出会ってしまうのが不思議だ。
ナン ナンドッグとカラーシンクロしているのがインド大使

その後、松本さんの講演会場に向かってぶらぶらしていると、ジュレー・ラダックのブース前で、Lと虹風さんが興奮した様子で誰かに話しかけている。半年前まで額装店で何かとお世話になっていた(今は退職されている)Aさんが、全く予想外に(ボランティアで)そのブースにいらしたのだ。しかも、この日は、松本さんのお話をお聞きした後、そのAさんが勤められていた額装店に訪れる予定があったのだから驚きだ。

その上、Aさんは、チベットハウスのボランティアもしていたことがあるらしく、現代表のルントックさんのことも良く知っているという。もしかしたら、もっと前にどこかでお会いしていたのかもしれない。しかし、そんな背景を全く知らずに、Lは、昨年の個展の時からAさんにお世話になっていたのだった。

それにしても、流石に「霊性の大国・インド」のフェスティバルだ。不思議なご縁で繋がりまくる。活性化しつなぐ働きのある「電気の月」に入ったことも関係しているのかもしれない。講演会場の東方学院セミナーハウス前に着くと、松本さんが向こうからニコやかに向かってこられる。奥様の恭さんには、ちょっと前にフードコーナーでお会いしていたが、ハウス前で皆集合してしばし歓談。

前の講演が終わって入れ替わる時に、板倉リサさんともバッタリお会いした。2013年の「時間をはずした日」の隅田川や、今年6月に行われた江本勝氏主催のイベントでもご一緒していて、この日も夕方にステージで踊られる予定だったが、残念ながらその時間までは会場にいられない。

さて、何となくな感じで始まった松本さんの講演は「アショカ王の秘密 ブッダガヤ大塔ものがたり」というタイトル。大塔を今ある姿に修復したイギリスの考古学者・アレキサンダー・カニンガムが残した研究書の翻訳に、ご夫婦で取り組んでおられる最中ということもあって、非常に興味深い内容だったが、他にも色々なことがシンクロしていて、私にとっては目の離せない時間だった。

出掛けに適当に手にしたお坊さんバッグは、実は12年も前にブッダガヤで手に入れたもので、その中には虹風さんから借りたばかりの『ブッダをめぐる人々①』(里中満智子著)が入っていた。思えば、里中さんとのシンクロが始まったのもここ数ヶ月の話で、Lと虹風さんが街中でバッタリご本人と会って記念撮影をしたのはG7/24(KIN7)だった。

『ドリームスペル』に続いて発表された銀河ツール『テレクトノン』には、「パカル・ヴォタンのテレクトノン」という小冊子が含まれている。その「青い手・7」のパートは「仏陀」というタイトルで、内容はほぼカーラチャクラに関するものである。私達が松本さんに初めてお会いしたのは、2002年のブッダガヤで、ダライラマ法王の体調不良により直前で中止になったカーラチャクラの時だった。

そう思うと、里中さんとの出会いも含め、何とも不思議な縁を感じずにはいられない。松本さんは、講演の中で、ブッダガヤ大塔の周辺に、ナーガ(蛇)を祀っている場所があることについても言及されていたが、その講演を聞いていたその日は、『13の月の暦』で「赤い宇宙の蛇(KIN65)」の日であった。

この日、もう1つ別なブッダガヤシンクロがあったことが、夜になって判明した。私達が2002年にブッダガヤを訪れた時、カーラチャクラツアーのコーディネイターをして下さってた安東玲子さんは、その後、スリランカに渡って結婚され、BlueLotusという旅行代理店を立ち上げられた。

そのことについては『シンクロニック・ジャーニー』にも書かせてもらったが、昨年『霊性のアート』の出版記念を三軒茶屋で行った時、美味しいもの師匠に教えてもらって初訪問したシバカリーワラの山登さんが、スリランカの玲子さん宅を訪れていたのだ!しかも、松本榮一さんのブッダガヤ大塔の話をお聞きしていた頃に!

山登さんが近くスリランカに行くというのを知って、玲子さんのことを紹介したのは私達だが、いつごろ訪問するのかは直前まで知らずにいた。だからこそ、そういうタイミングだったと分かると、尚、驚きが増すのである。ブッダガヤで初めてお会いした松本さんから、ブッダガヤの話を伺っているころ、その縁を作ってくれた玲子さんが、私達が虜になっているシバカリーの山登さんを迎えている。インド、仏陀、カレーの繋がりは何とも美しく、また美味しいのであった。

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