青色LEDと熱田神宮から始まる国道の関係

2014年10月09日 03:56

電気の月19日(G10/8)KIN83 青い倍音の夜(by D)

10/4(KIN79)に熱田神宮前で行われた暦のクラスは、例のごとくシンクロ率は最高潮だったが、今週末には剣武の合宿があったり何かと忙しいので、ブログUPは連休明けにでもさせてもらおうと思っていた。しかし、昨日ノーベル物理学賞を日本人3名が受賞したことで、どうしても先送り出来ない感じになってしまった。それだけ今回のイベントと、起きている出来事との間に深い関係性が見られるのだ。

10/3の深夜に「御嶽山の噴火と伊勢」という記事をUPし、翌朝のぞみ13号で名古屋へ。【13の月の暦・手帳活用講座】は13:20開始なので、少し早めに到着して、熱田神宮をゆっくり参拝させて頂こうと思っていたのだが、前夜、神宮へのアクセスマップを見ていて、それより前に訪れておきたい場所が1つ出来てしまった。それは熱田神宮南交差点である。

何と、そこは、国道1号と19号が交差する地点で(交差の白い北の城とリンク)、木曽の御嶽山へと向かう19号の起点でもあることが分かったのだ。奇しくも、当日の日付は「青い嵐」のウェイブスペル(13日間)がスタートする「1・嵐」の日。嵐の紋章コード番号は19なので、「1・嵐」は「1・19」とも書ける。講座会場の「えにし」という場所は、そこから19号に添って熱田神宮の敷地分だけ北に向かった神宮北西の交差点にあるマンションの一室だ。然るべき時、然るべき場所とは、こういうことを指すのだろう。
19 22号 
しかし、現地に行ってみて分かったのは、国道19号と22号は同じ起点で重なっており(どちらも北へ向かう)、国道1号を挟んだ反対側は南に向かう国道247号の起点であるということだった。19+22=41。伊勢の遷宮を始めたのは41代持統天皇。その式年遷宮に使われる御用材は、現在、木曽御嶽山の麓から切り出されている。当然、その移動にも19号は使われているはずだ。
交差点 
だが、私が交差点を訪れた10/4時点での日本人ノーベル賞受賞者の数が19名であることは、もちろん知らなかった。当然、その3日後に「青色発光ダイオードの開発」で日本人3名がノーベル物理学賞を受賞し、合計22名となる事など知る由もない。だから、後で19号の起点について話すためだけに(それでも御嶽山や遷宮と関係しているのだから十分なのだが)撮影しておいた写真に一番驚かされたのは、私自身である。そこには「19、22 ここが起点」と書かれているのだ!

しかも、19+22=41に同じ看板にある熱田区神宮二丁目の「2」を掛ければ、ノーベル物理学賞が発表されたKIN82(10/7)となる。 それだけではない。3名の受賞者のうち2名は、何と現在も名古屋市在住で、受賞に関する研究は、名古屋大学に在籍されいた頃に成されたものなのだ!「世の中、こんな事があるのだろうか?」という場面に、何度も何度も出くわしている私が、興奮せずにはいられない。

何しろ、「青い嵐」のウェイブスペルの初日に、名古屋市熱田区の1号×19号の交差点に立ち、それから3日後に、名古屋市在住の2名を含む日本人3名が「青色」発光ダイオードの開発で、ノーベル賞を受賞したのだ。ちなみに、受賞された3名の誕生KINは以下の通り。

赤崎氏は1929年1月30日生まれのKIN7(青い共振の手)。
天野氏は1960年9月11日生まれのKIN106(白い月の世界の橋渡し)。
中村氏は1954年5月22日生まれのKIN144(黄色い磁気の種)。
合計KIN257は「赤い惑星の地球」で、4色綺麗に揃う。

しかも受賞日(電気の月18日)のサイ時間単位は、2年前にノーベル賞を取った山中伸弥教授の誕生キンでもあるKIN49(7×7)。何か背後に見えない秩序があるような気がしてならない。

さて、国道とノーベル賞受賞者数に関する驚くべき発見のお陰で、改めて19号、22号、そして、その合計数にも当る41号について調べてみた。すると、またまたビックリの発見があった。木曽御嶽山の表側を19号が走っていて、その裏手を41号が走っている事には気付いていたのだが、その起点終点については全く意識していなかった。

今回、19号と22号の分岐を調べるにあたり改めて地図を眺めていたら、実は名古屋から長野に向かう19号と名古屋から岐阜に向かう22号の間に、名古屋から富山へと向かう41号がある事が分かった。それだけではない、今回のイベントを主催して下さった3名(思えばこれもノーベル賞とシンクロだ)のうち2名が、この国道41号添いにお住まいだということが分かったのだ。

Iさんは犬山市から、Sさんは高山市から来て下さっていて(この2名が41号添い)、もう1人のIさんは大垣からだった。今回、完璧なタイミングと場所で開催して下さったことを、改めて御礼申し上げる次第である(もちろんその呼びかけに乗って参加された皆様にも感謝)。見れば、亡き父がその昔一時単身赴任していた美濃加茂市も41号添いだ。休日に一度だけ訪れ、犬山城や明治村に寄った記憶がある。

話を10/4に戻そう。名古屋から名鉄に乗り換えて神宮前で降りた私は、駅前タクシー乗り場近くでフラフラ地面を歩いているウグイスを見つけ(乗り場のオジさんがケアしてくれた)、その後、境内の駐車場をつっきって神宮南の交差点に向かおうとしていた。境内(駐車場)に最初に足を踏み入れた瞬間、向こうから迫ってきた車のナンバーは369だった。

「熱田大神とは、三種の神器の一つである草薙神剣を御霊代・御神体としてよらせられる、天照大神のこと」という説明があったが、369は天照大神の数霊として知られ、それは9×9魔方陣の縦、横、斜の合計数でもある。そしてこの魔方陣の中央に来る数は41である。

交差点に寄った後、南の正門から入り、まず本殿に参拝。その後、境内を一巡りして「宮きしめん」でお昼を頂いた。会場マンションの入口で、奈良から来て下さった唯一の男性参加者(大阪にも来て下さった顔見知り)とバッタリお会いして、少し分かり難い入口に何とか到着。会場の「空間えにし」は、窓から熱田さんのが良く見える景色の良い部屋で、室内には弥勒(369)仏の像が沢山あった。

ちょうど、10/1から二子玉川の「ラサ」で開催されている天真書法塾シャンバラ教室展では、中央壁面にLの「縁」という字が掲げられているのだが、「縁」は「えにし」とも読める。また、主催者の1人である犬山のIさんは、その教室展のスタート=チベット民族蜂起=Lの現在の運命の道筋ともシンクロするKIN76。だからかどうかは分からないが、Lと良く似たシャツと殆ど同じ靴を履かれていた。主催者と私も含め、会場にいたのは総計22名。既にノーベル賞の受賞が示されていたかのようだ。

細かいシンクロを挙げたらキリがないので、少し絞ってメモしておこう。「運命の道筋」の例題に立候補されたのはG9/11生まれのKIN226の方。私は、のぞみ13号4号車11で名古屋に着いたが、同時多発テロは、13年前の9/11で、その日はKIN251=4・猿=4・11だったと後になって気付いた。今、私がメルマガでNYについて書いているのは、ある部分13年前の出来事に対する慰霊的な行為なのかもしれない、ということを、この方を通じて思い出させて頂いた。

もちろん、この時点では知らなかったが、その3日後にノーベル賞を受賞した天野氏も同じ9/11生まれ。天野氏のKIN106は、今シャンバラ教室展が行われている二子玉川「ラサ」の主人、石川さんの誕生キンでもある。また、会場には中村氏と同じKIN144の方も参加されていて、息子さんはNYにいらっしゃるとのこと。何とも不思議な繋がりだ。その後、場所を変えて行われた懇親会でも楽しいシンクロ発見は続いたが、あんまり拡散すると訳が分からなくなるので、熱田神宮と出雲との関連をあと少しだけ書いて終わりにしよう。
熱田神宮 *秋晴れの一粒万倍日ということで753や婚礼で境内は賑わっていた

参道の脇にあった「神話と歴史でたどる熱田神宮1900年の歴史」というパネルには、興味深い事が沢山書かれていたが、天武天皇朱鳥元年に草薙神剣が熱田に戻ったということや、鎌倉幕府を開いた源頼朝が熱田で生まれていて、母が熱田大宮司の娘だったこと、その関係で鶴岡八幡宮に熱田大神を勧請したことなどは、初めて知った関係もあって、特に印象に残った。

コード番号19の「青い嵐」の日に訪れた熱田神宮は、国道19号の起点という他に、神苑面積が約19万㎡だったり、2013年が日本武尊が亡くなられてからちょうど1900年に当る等、何かと19と連動する場だった(そして今日は19日)。また、本殿が新しくなって、ご神体(草薙神剣)が遷座されたのは2009年10月10日、KIN80(2・太陽)。

5年経つと、365日暦と260日暦の関係がちょうど5日分ズレるという法則により、高円宮典子さまと千家国麿氏の結婚式が行われた10/5も同じKIN80であった。大型の台風18号が上陸し、ほぼ日本全土が大雨だったのにも関わらず、出雲だけは雨に降られなかったのは流石である。まさに「赤い太陽の月の年」(普遍的な水)の「黄色い月の太陽」(普遍的な火)という印象。

ちなみに、千家国麿氏はスティーブ・ジョブズ氏と同じKIN162だが、現在の道筋はKIN47(8・手)で、式を挙げた日のサイ時間単位もKIN47。そして、その(2・太陽の)日、テニスのジャパンオープンで優勝した錦織選手は、松江(出雲)出身の「10・太陽」(道筋は「8・太陽」)。然るべきところで決める人物は、自然とこの暦の周期に合致する。知識など一切無くても「自然な人」なら、勝手にこの暦に同調するのだ。

つまり、自分自身の時間を生き切り、自然(宇宙)と調和する生き様を貫いていれば、細かい知識など必要ないということ。知識は、私が今こうして遊んでいるように、楽しむため、あるいは、ちゃんと自分時間を生きているかどうかを計るのに役立つ、という程度のものである。「気付く感覚」さえ養われていれば、自ら発見できるし、未知の場面でも応用が利く。逆に『13の月の暦』を本当に使えているのであれば、その人は、気付きと発見の名人であるはずなのだ。
イギー*私がジョジョファンだと知った参加者の方が、バルーンアートで作って下さったイギー

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