「良薬は口に苦し」アムチとチベット自然薬

2014年12月19日 02:16

■律動の月6日(G12/18)KIN154 白いスペクトルの魔法使い(by D)

ここ1ヵ月ほど、チベット医学の医師(アムチ)が処方してくれたチベット薬を飲み続ける、というかなり忍耐を要する実験を続けて来た。特に身体が丈夫という訳でも無いのだが、必要性を感じないので、社会人になってからは、天真体道(新体道)とウォーターセラピーでセルフケアをしているだけで、いわゆる健康診断を受けた事は一度も無い。薬も基本的に好きではないので、余程の事が無い限りまず飲まない。

また、自分より元気のない人から施術を受ける気も起きないので、その他の療法やヒーリングも何かの折に実験的に体験する以外は、進んで受けてみたいと思うことが無い。結果、定期的に他者から受けているケアと言えば、虹風さんによるドイツ式フットケア(爪のケアと膝下足裏のマッサージ)くらいである。

そういう私が、朝、午前10時、午後、夜と毎日4回、5種類もの薬を飲まなければならないのだから、自ら望んで行っている実験とはいえ、大変な事この上ない。しかも、アムチが様々な薬草を調合して作ったという粉薬や丸薬は、どれもかなり苦い。そんな訳で、私にしてみれば、殆ど修行のような1ヵ月であった。だが、飲み続けた甲斐あって、私もLも、かなりはっきりした効果を体感することが出来た。
大薬 ★Dに処方された薬

カプセルに入った無味な薬や飲み易く味付けされた薬ばかりが処方される現代にあって、「良薬は口に苦し」という言葉を体感する貴重な機会をもらったように思う。1回に7粒ずつ飲む丸薬があと1回分というところで、粉薬がまだ大量に残っているのは、飲む量が十分でなかった証拠だが、5種類揃っての服用が完了するタイミング(ほぼ言われた通りの1ヵ月)で、ひとまず体験報告をと思った次第である。以下、少々長くなるが、経緯も含めてまとめておこう。
李紗薬 ★Lに処方された薬

私達は年1回、G暦の11月頃に、NPOクリカの教育支援活動(→コチラを参照)でカトマンズを訪れる。1年で最もお天気に恵まれるその季節に、実質2、3日滞在するだけでトンボ帰りするのはちょっと勿体ないのだが、何かと立て込む時期でもあるので仕方がない。しかし、その僅かな滞在時間の中でも毎回新しい出会いや発見があるのは『シンクロニック・ジャーニー』に整理したコツ(ここに公表するのもその1つ)を、普段から思いきり活用しているからだろう。

以前からTCP(チベタン・チルドレンズ・プロジェクト)の活動に注目していたLは、割と最近、カトマンズでの体験をシェアしていたKさんの報告を見て、さらにその関心を深めていた。実は私も2008年のピースマーチか何かの折に、東京のTCP関係者とお会いしていて、名刺交換までしたらしいのだが(Lによると)、普段から記憶力の怪しい私には、6年という期間は長過ぎて、申し訳ないのだが殆ど何も覚えていなかった。

それはさておき、今回もその流れは突然に具体化した。毎年訪れる国だけに、既にガイドブックは何冊も手元にあるのだが、なるべく最新情報を押さえておこうという事で、今年は旅の直前になってLが『地球の歩き方 ネパールとヒマラヤトレッキング'13〜’14』の内容を書店で確認した。アップデートされている情報はそれほど多く無かったらしいのだが、発刊日が2013年7月26日(KIN164)というピンポイントな日付だった為に、相談された私は内容に関係なく、即「それは買い」と口にした。

何しろ、私は「銀河の同期」と呼ばれる2013年7月26日を目標点として提唱された『13の月の暦』の入門書を、16年も前に書いた人間であり、Lはその暦の源となった『ドリームスペル』日本語版(および銀河の贈り物基金)の責任者をボランティアで14年も引き受けて来た人間なのだ。その二人が唯一毎年訪れる国のガイドブックが、わざわざ「銀河の同期」その日に1日のズレも無く発刊されているのだから、驚かずにはいられない。『13の月の暦』ユーザーにとっては、最も特別な日付であっても、G暦的には全くもって中途半端な日付なのだから。

これぞ「銀河からの贈り物」と感じた私は、1回限りの「銀河の同期」に合わせて出されたヒマラヤのガイドブックを、永久保存版として手元に置いておきたいと思ったのだ。だが、このガイドブックが、結局のところ、今回のシンクロを生み出す重要なきっかけとなった。日程をコンパクトにするには、羽田ーバンコクーカトマンズのフライトがベストで、羽田を深夜に飛び立つパターン。空港で晩ご飯を待つ間、ガイドをめくっていたLが、P83に「クンデ・チベタン・ハーバル・クリニック」の記事を見つけたのだ。

このクリニックは、TCPの活動のひとつで、まさにLが行ってみたいと言っていた場所。それまでのガイドには出ていなかった新しい記事がそんなタイミングで見つかるのだから、「行くべし」のサインに違いない。早速、その場でスマホから予約のメールを入れると、早くも飛行機に乗り込む前に「実質そこしか行けない」という希望の日時で受付可との返信があった。詳細は現地に着いてからということで、ひとまず予約完了。

カトマンズに到着した日の夜、道友・木村悟郎さんが経営に関わっているマヤ・ベーカリー・レストラン(この名前の背景については『霊性のアート』に詳細あり)で1年ぶりに悟郎さんに再会。その場で、悟郎さんに頼んで彼の携帯から場所と時間について電話で確認してもらった(窓口は日本人の方で日本語が通じる)。薬は一切摂らない悟郎さんも、脈診は受けてみたいということで一緒に訪問することに。

もともと「気」や「経絡」への関心から代替医療の世界に入った私にとって、チベット医学は学生の頃から興味を持っていたし、実際、手元にもダライ・ラマ法王の元侍医であったイェシェ・ドゥンデンの『チベット医』や『僕は日本でたったひとりのチベット医になった』という本があったりする。前者は、大学の先輩に当る三浦順子さんによる訳書だし、後者は、ダラムサラのチベット医学暦法学研究所(メンツィカン)を卒業した唯一の日本人、小川康さんによる一冊だ。

小川さんとは面白いご縁があって、ご本人には、10以上前にチベットハウスの主催で行われたドクター・ダワによるチベット医学の講義で通訳をして下さった時にお会いしたきりなのだが、その前にも実はLの創案した携帯ストラップの事で助けてもらった事があったり、今は、剣武天真流本部正師範の丸山貴彦氏と、大学院で同じゼミに所属していたりするのだから、世界は狭い。そんな訳で、私自身もずっと前から、機会があれば是非、現場で活躍しているアムチ(チベット医)の脈診を直に体験してみたいと思っていたのだ。

NPOとしての仕事が一通り済んだ11/13(KIN119)の午後、悟郎さんの車でスワヤンブナート近くの待ち合わせ場所に向かう。目印にと立って待って下さっていたお坊さんを見つけ、一緒にいた筋肉質でガッチリした男性と共に車に乗り込んでクリニックまで移動。軽自動車の後部座席に男三人というのだけでも結構キツいのに、お坊さんももう1人の男性も幅があって、二人に挟まれた私はムチムチのサンドイッチ状態。移動が数分だったのが救いだったが、聞けば、そのお坊さんがTCPの代表者で、何と筋肉質の男性がアムチであった!

電話やメールで連絡して下さっていたかとうちあきさんは、チベット本土で長年支援活動をされて来た方だが、この日は通訳をして下さっただけでなく、アムチの指示で薬の袋詰めなどもやって下さっていた。チベット人は英語が堪能な方が多いが、やはり日本語でやりとり出来るのは安心感があるし、何より細かいニュアンスまで確認が出来るのが嬉しい。しかも、このアムチは、代々アムチの家系の出身で、修行者や貧しい人からはお金を取らない昔ながらのやり方を貫いている方だという。
悟郎脈 ★アムチに脈と取られている悟郎さん

最初に悟郎さん、次にL、最後に私の順で脈診を受けたが、その手順は、最初に左手、次に右手、ラストに両手という順番で行われる。脈診しながら問診もして要因を絞り込んで行くスタイルで、もし問診を「症状を当てるもの」と捉えれば7割くらい、「絞り込むために判断するもの」と捉えれば、殆どのことは正確に読み取られていたと思う。特に最初に指摘されることが鋭くて、悟郎さんは身体のある部分のこと、Lは首肩のコリ(これを一番訴えたかった)、そして私は、体調を崩すと鼻の周囲が冷えたり詰まったりする事を指摘された。
李紗脈 ★かとうちあきさんが通訳をして下さる

しかし、最も興味深かったのは、Lが最後の方で目の疲れについて聞いた時のことだった。それに対して、アムチは「若い頃にお酒を沢山飲んだ影響で、今の肝臓は健康で何も問題はない」と回答されたことだった。確かに東洋医学的には、肝臓への負荷は目に来るとされるが、Lの(若い時分の)背景を知る私と悟郎さんは、その指摘に「エーッ!」と驚くしかなかった。
薬棚 ★ズラリと薬が並んだ棚

悟郎さんは最初から脈診だけのつもりだったので薬は無しで、私とLの分だけ大体1ヵ月分を処方してもらった。このクリニックの薬草は、チベット本土から送られてくるものも多く、質が良いので他のアムチ達も買いに来るほどだとか。面白かったのは、アムチが悟郎さんのことを知っていると言っていたこと。ボダナートに用事があって出かけると、良く見かけるらしい。今回私達が宿泊したゲストハウスのマネージャーも「あなたをホテル○○で何度も見かけています」と言っていたし、背が高くて目立つ顔をしているのもあるのだろうが、密かに有名人なのかもしれない(笑)。
千晶さんと ★ラマ、かとうさんを囲んで

この日はチベット暦(=カーラチャクラ暦)で仏陀降誕日ということで、ボダナートの仏塔は電飾で飾られていて、周囲を大勢の人々がコルラしていた。そういう日だったからか、今回はお会いする約束をしていなかったチョサン・ラマさんともバッタリ仏塔の近くで会えてしまった。元ンガリ・アソシエーション代表のチョサンさんについては、『マヤのリズム』で詳しく触れているが、スワヤンブナートの近くにあるボン教寺院、ティツェン・ノルブッツェ僧院に最初に連れて行って下さった方でもある。2、3年前にお会い時には、体調崩されていてちょっと辛そうであったが、すっかり元気になられていて嬉しい再会だった。

実は、そのティツェン・ノルブッツェ僧院に学び、現在、日本でボン教ゾクチェンについて伝え広めている箱寺(森)孝彦さんから、半年前くらいに「ボン教医学の謎」という連載記事を送って頂いていた。この日、私達の脈診をして下さったアムチの師(の1人)は、片腕の先生だったとお聞きしたのだが、私はその瞬間、記事の中に登場していた「片腕のアムチ」のことを思い出していた。

帰国後、2日程経ったG11/17(KIN123)から処方された薬を飲み始めたのだが、調べてみると、何とその日は今年のチベット暦元旦(KIN123)からぴったり260日目であった。しかも、マヤのパカル王の墓の蓋が開いてから87銀河スピンというタイミング。興味深いことに、何故かこの日、出雲大社の遷宮(KIN87)についての古いツイート(※)を、お気に入りに登録された方がいて、リアルタイムでは奈良の大神神社に天皇皇后両陛下が参拝されたことを、熱田神宮前で44日前に暦のクラスを主催して下さった方のFBで知ることが出来た。

ややこしい話だが、とにかく記念すべき日からチベット薬を飲み始めたということだ。そこから6日後のKIN129(G11/23)に剣武の稽古があって、その帰り、先に登場した丸山氏、増田氏(横浜増田窯代表)と、珍しく3人でラーメンを食べて帰ったのだが、実は、この日は丸山氏(KIN129)の38回目の銀河の誕生日でもあった。アムチの小川さんとの繋がりから考えても面白い話なのだが、その日、帰宅してから発見したことは、私達にとってさらに衝撃度の高いことだった。

カトマンズに行く前くらいから我が家では(毎年細かい所が変化する)チベット暦がすぐに出せるアプリが流行り始めていて、その晩も、誕生日やらカーラチャクラ灌頂を受けた日やらとあれこれ日付を入れて遊んでいた。パドマサンバヴァ生誕伝説のあるツォペマを訪れた日はどうだったのだろう?と、日付確認のために『シンクロニック・ジャーニー』をめくっていると、P150に夜中の3:30に目が覚めたと書いてあるのを見つけた。調波33に入ったKIN129の晩だっただけに、これだけでも驚いていたのだが、そもそも新婚旅行を兼ねたこの旅で、私達はツォペマを訪れただけでなく、ダラムサラでパドマサンバヴァの虹のタンカまで描いてもらって持ち帰っているのである。

そして、結婚記念日である2004年4月29日(KIN171)をアプリで調べてみたら、何と、その日もまさにパドマサンバヴァ(グル・リンポチェ)デーだった事が判明!もともと、ツォペマを訪れたのは、当時のチベットハウス代表から「今年はグル・リンポチェの年だからツォペマを訪れてみるといい」と教えてもらったのがきっかけだったが、結婚した年だけでなく、その日までも「パドマサンバヴァ・デー」だったのだから、驚き倍増である。

興奮の余韻がさめやらぬ翌KIN130(G11/24)、再度『シンクロニック・ジャーニー』をめくっていて気付いたのは、この本が2007年7月26日刊で、そのぴったり6年後の2013年7月26日に、今回手に入れた『地球の歩き方 ネパールとヒマラヤトレッキング'13〜’14』が発刊されたという事実。だが、驚くべきは、ジャーニーのP144に『パドマサンバヴァの生涯』という本のタイトルを見つけ(自分で書いたくせに忘れていた)、その本の翻訳者の一人が加藤千晶さんというお名前であることに気付いたことだった。

もしかしてカトマンズでお世話になった「かとうちあき」さんと同一人物では?という思いがよぎり、御礼かたがたメールで確認すると、やはりご本人であるとのこと。また、片腕のアムチについても確認してみると、「ボン教医学の謎」に登場したゲゲ先生と「アムチの師である‘ゲゲン’は同一人物ですね」と返信を頂けた。もともとチベットに関わっている人の絶対数が少ないので、確率的にリンクして来る可能性は高いにしても、「然るべき時」に発見があると、やはり嬉しいものだ。

ちなみに、アムチには、腰の上部の痛み、左右のアンバランス(特に右が流れが良くない)なども指摘され、全くその通りだったのだが、いずれも1週間くらいで改善が見られ始め、1か月飲み終えた現時点では、どちらにも改善がはっきりと見られたと言える。Lも同様である。私の場合、一番分かり易い変化は、この半年くらい右足(右手)の奥に感じられていた冷えが、完全に解消したという点であろう。そもそも、それに対する意識的な運動やレメディ作りをしてこなかった事に問題があるのだが、ある意味放置していたその部分があったお陰で、今回、チベット薬の効果を実感出来たとも言える。

伝統の手法を現場で使い続けている方による「生きた技術」に触れ、「生きた薬草の力」を体感できたことは、私にとって大きな喜びだった。カトマンズを訪れる機会のある方は、是非、その伝統の智恵を、ご自身の心身で直に体験してもらいたいと思う。実は、他にも沢山の出会いやシンクロがあったのだが、既にかなりの長文になってしまったので、今回はひとまずここまでとしたい。また機会を改めて、整理して行きたいと思う。


(※)お気に入り登録されたツイートの原文
12月28日: 世界ふしぎ発見、伊勢と出雲の遷宮のことをやっている。出雲の遷宮はG5/10=KIN87(9・手)、伊勢内宮の遷宮はG10/2=(11・人)、外宮はG10/5(=1・鷲)。出雲と伊勢内宮の遷宮の日付が、『ドリームスペル』だと地球軌道に対応する紋章なのが、非常に興味深い。D

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