明恵の夢見と華厳の教え

2015年01月22日 22:28

共振の月13日(G1/22)KIN189 赤い共振の月(by D)

昨年、高倉健が他界したことがきっかけとなって、Lが健さんの本『あたなに褒められたくて』をiPadにダウンロードした。オムニバス形式の内容なので、私も気の向いた時にポツポツと読みはじめ、「なるほど、あの存在感はこうして育まれたのか」などと一人勝手に納得しながら、数日前に「善光寺詣り」という項を読み終えた。

ちょうどゾンサル・ケンツェ・リンポチェの講演が、青山の善光寺(長野の善光寺に関係している)で行われていたタイミングでもあったので、タイムリーだなーなんて思っていたのだが、その前後のわずかな期間に次々と明らかになった背景は、その繋がりがもっと奥深いものであることを示していた。鍵を握っていたのは、夢日記で有名な鎌倉時代の僧・明恵だった。

健さんの「善光寺詣り」を読んでいた頃、あるカフェで水木しげるの『神秘家列伝・其ノ参』を見かけて、食後のコーヒーと共に出口王仁三郎の話だけ一気読みした。その日、カフェの近くのギャラリーで出会ったのは、時永さんという印象的な名前の方で、芳名録でひとつ前に記されていたのは、小原さんだった。その2日後、大分前に手に入れて読み終えていた『神秘家列伝・其ノ壱』を引っ張り出して来て、面白かった記憶のあった明恵の話を読み返してみた。

やはり興味深い話に満ちていたが、今回は「ただひとりこの説だけはどうしても認めるわけにはゆかぬ」と浄土宗の開祖・法然を厳しく批判したという下りが妙に気になった。改めて調べてみると、明恵は華厳宗中興の祖で、菩提心を重視していたので、「ただ念仏を唱えることによって救われる」とする法然の教えに対して「発菩提心」が欠けていると非難したようだ。

しかし、そう思うと、青山善光寺でゾンサル・ケンツェ・リンポチェが「入菩薩行論」について講演されたことが、より意味深く思えて来る。何故なら、青山善光寺は法然の直系とも言える浄土宗のお寺で、リンポチェはまさに「菩提心」の重要さを説いていたからだ。形だけの菜食や瞑想、マントラ唱和、「ピ〜ス、ハピネ〜ス」みたいなノリを揶揄しながら、仏教においては「空性の理解こそが最重要」であることを説く姿勢は、まるで明恵のようである。

一方、天真書法塾では、西安にある華厳寺に般若心経を奉納することが過去何度か行われていて、今年の年頭には、会員向けメールの中で、青木天外塾長が「華厳」について書かれてもいた。だからこそ、明日から始まる書法塾発表会の会場が、青山善光寺のすぐ隣というシンクロにも、深みが出てくるのである。ちなみに、私が作品のテーマを決めたのは昨年の秋頃で、まだリンポチェの来日についても知らない頃だったが、出品するのは華厳の教えと深く関係する言葉「因陀羅網」である。

思えば、Lが東大寺でのイベントに書で協力した関係で、43才の誕生日は東大寺境内にある華厳寮で迎えている(コチラを参照)のだから、華厳宗との繋がりは多次元的である。それで気になって、昨夜、東大寺公式サイトを見てみたら、リンク先に何故か鶴岡八幡宮が含まれているのを発見。他の寺社はともかく何故八幡宮?と思っていたら、ふとマンガの中で、明恵が北条泰時と六波羅探題で対面し、その後、深く交流したことが描かれていたのを思い出した。

それが理由かどうかは知らないが、華厳宗総本山の東大寺、華厳宗中興の祖である明恵、そして明恵と会った後、鎌倉幕府第3代執権となった北条泰時。この繋がりは、おそらく無関係では無いだろう。ところで、健さんの「善光寺詣り」には、祖先として北条篤時という人物が登場する。その篤時が、第14代執権北条高時と共に、鎌倉の東勝寺で自害したことが書かれているのだが、このお寺は、何と3代泰時が建立した北条氏の菩提寺だという。

善光寺がこのタイミングで出てくるだけでも驚きなのに、明恵と繋がりのあった泰時が建てた東勝寺や、そのすぐ近くで、かつて北条氏当主の館があった場所に建つという宝戒寺の事まで書かれているのだから、驚きの度合いは増すばかりである。しかし、私は鎌倉市内の中学、高校に通っていたのにも関わらず、それらの寺がどこにあるのか、今一つイメージ出来なかった。そこで、昨夜ネット地図で検索してみると、驚いたことに、中学から500mほどの場所であることが分かった。

鶴岡八幡宮のすぐ横にあるその中学に通う際、鎌倉駅から段葛を歩いたものだが、鎌倉幕府終焉の地がそんな近くにあったとは、全くもって分かっていなかった(あるいは例のごとく単に忘れただけかもしれないが…)。もっとも、その幕府を開いた源頼朝が生まれたのが、熱田神宮のすぐ側であったことを知ったのも、昨年10月に熱田神宮のすぐ隣で暦のクラスを行った(コチラを参照)からこそという面があるので、これらは、一連の流れの中で意識化することに意味があるのだろう。

本日発売の週刊モーニングに『ジパング深蒼海流』という作品(かわぐちかいじ作)が連載されているのだが、ちょうど信州を舞台に源頼朝と義仲が出会うシーンで、セリフの中にも「善光寺」が出て来るというタイミングだった。これだって、今、私が置かれている状況で読むからこそ面白いのだ。ちなみに、文字シンクロで思い出した事をひとつ。2013年7月26日=KIN164「銀河の同期」のタイミングに、新宿プロムナード展(明治安田生命ビルB1前)に出品した私の作品は「蒼海」であった。
蒼海 
そして、今日は「豊かさを夢見る」青い夜のウェイブスペルの中心、7の月の7の日で、銀河の音「7」が重なる「魔術の亀の日」。『13の月の暦』の元旦(G7/26)「赤い太陽の月」からぴったり180日のタイミングだ。まさに夢見の達人「明恵」について書くに相応しい日だったと言えよう。

今日中に何とかここまで整理できて、ちょっとホッとしている。何故なら、明日から3日間は、さらにとてつもないシンクロや出会いが続くことが予想されるからだ。来週末に大阪チャクラで行われる【銀河のマヤの共振技術】では、こうした「シンクロに導かれながら発見し続ける世界」へと入る、普遍的なコツについてお伝えする予定だ。そのうちの一つだけ公開しておくと「決意が早いほど自由度は上がる」である。

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