和田萬の胡麻、祇園の福豆

2015年02月25日 20:05

■銀河の月18日(G2/24)KIN222 白い磁気の風(by D)

磁気の月18日生まれの私にとって、今日は「毎月の誕生日」に当たる。28日に一度巡ってくるこの日も、他の誕生日同様、何か特別な事が起こると決まっている訳ではない。だが、毎月意識し続けていると、他の日とはちょっと違った感覚が芽生えて来て、それが自分の内的世界にリズムを生み出してくれるのが分かって来る。リズムは生命力と深く関係しているから、この誕生日を祝う(意識する)という単純な遊びは、意外と重要である。

加えて、18日に18番目のウェイブスペルの始まりが重なって来たりすると、それだけで「何か面白そうだぞ」という気配が生じて来る。年中、何番目のウェイブスペルか?なんて事を意識している訳ではないが、ドリームスペルの「旅程盤」のイメージがあると、自分が今、どのウェイブスペルをサーフィンしているのかが自然に分かってしまうのだ。毎日使うものだけに、暦というツールの影響力は良くも悪くも強力だ。

もっとも、グレゴリオ暦(G暦)ワールドとの関係を遮断するつもりも無い私は、それも巻き込みながら日々を遊ぶ。そこで今日は、2のゾロ目の方に注目して、22日前のG2/2(=KIN200)のことをメモしておこうと思う。「時を知る」参加者の皆様のお陰で、大阪チャクラにて2日間充実した出張クラスをやらせて頂いた後、私は恒例の1日シンクロ・ミニトリップを楽しんだ。

カーラチャクラとチベット暦」に記した通り、1114号という宿泊先の部屋番号は、結婚した年と記念日の両方に深く関係する「11・魔法使い」に変換できるものだったのだが、興味深いことに、実は今回の大阪に繋がる大変面白いシンクロが、結婚記念キンでもあるKIN171(G1/4)にあった。その暫く前から食卓で使われるようになった炒りゴマがとても美味しく、その日ついに、どこで製造されているのかを調べ、「和田萬」という大阪の会社が作っていることが判明した。

驚いたのはその住所で、「北区菅原町9-5」はチャクラと町まで一緒。ネットで調べると100m位しか離れていなかった!平成27年にちなんで27回目のカーラチャクラから始まった縁について話をしようと思っていたら、そのぴったり27日前にこんな驚きのシンクロが起きてしまったのだ。出張クラス初日(KIN198)、チャクラに向かう前に訪ねてみると、蔵を改造した直売店は閉まっていて、残念ながら土日はお休みである事が分かった。
写真 1 
そこで、KIN200(G2/2)は、スタートを少し遅くして、和田萬でゴマを手に入れてから散策に向かうことにした。住所の9-5は「9・蛇」(KIN165)とも置き換えられるが、何と、この日のサイ時間単位は、まさにそのKIN165!土日に開いていなかったことも天の采配かと思えてしまう。お店の方に訪問した経緯を伝えながら商品を選ばせてもらっていたら、その場で出されたゴマ茶もまた美味しくて、思わず購入してしまった。

その後、私は西宮の廣田神社へと向かった。初日の「シンクロ・ラボ」に参加されたメンバーが(当日体調を崩して来られなかった方も含め)皆、西宮に関係していたことと、廣田神社の住所が大社町7-7で、「共振の月」や「失われた7つの世代の第7(=KIN200)」とシンクロしていたので、「今回はここだな...」とほぼ心は決まっていた。

大阪前日のKIN197に渋谷で見た映画『イザイホー』でも、7つのウタキ、7つの橋、7巡など、7が連発で押し寄せていたし、廣田神社公式サイトの沿革に「白河天皇の時代(11世紀末)には、全国神社に冠たる勅祭22社の一社にも県内で唯一社選ばれ」という一文を発見した事も、その決意を後押しした。

何しろ2日前の共振の月22日(=7/22)に行った「シンクロ・ラボ」で、カーラチャクラ・マンダラには、722の諸尊が描かれている事を思い出したばかりだったし、そもそも『13の月の暦』は、KIN11のホゼとKIN22のロイディーンが提唱したものだ。阪急西宮北口駅から廣田神社までのバス代も220円。上部が注連縄という独特の鳥居をくぐって、天照大神の荒御霊を祀る本殿に参拝すると、その瞬間だけ太陽がチラリと姿を見せてくれた。
写真 1 
その後引いたおみくじは11番大吉。大吉と言っても色々あって、内容的にはイマイチだったり、少なくとも戒めじみた事が書いてあったりするものだが、今回のものは清々しいほどに思いきり「大吉」で、全くもって良いことしか書かれていなかった。用紙も廣田神社独自の大きなもので、晴れ晴れとした気持ちにさせてくれるものであった。

しばらく神社の周囲を散策してから駅に向かうバスを待っていると、西宮北口に向かう系統は2つある事が分かった。先に来たのは往路とは違う22系統のバス。途中、往路では通らなかった国道171号を経由したが、KIN171は和田萬の住所シンクロに気付いた日付でもある。それで急に気になって、下車した時にナンバーを確認してみると「神戸200 26-07」であった。流石、KIN200に、現在の運命の道筋がKIN26の私(署名は7・竜)を、大社町7-7から運んでくれたバスだけのことはある。
写真 2 
この時点で「今日の任務は完了」という感じだったので、そのまま東京に帰っても良かったのだが、新幹線のチケットは京都からにしてあるので、西宮北口駅近くでランチをしながら次の行き先をイメージしてみた。が、なかなかピンと来るものがなく、阪急電車で京都に向かって移動中にやってみたのは、おみくじの番号を活用して「京都 11番」とググることだった。

最初に出てきたのは西国33カ所の11番、醍醐寺だった。9日後に「超意識」というライブでご一緒する予定の近藤等則さんが、青木先生や剣武の若手メンバーと共に、東日本大震災で被災した児童のためのイベント(確か明治大学で死生学を教えておられる金山先生がオーガナイズされていたかと思う)を開催したお寺で、国宝も沢山あるし、何より番号の流れが良いので「ここだな」と思ったのだが、冬場の閉館時間は思いのほか早く、ぎりぎり到着は出来ても中をゆっくり見る事は不可能であると判断。せっかく国宝が沢山ある所なら、機会を改めて慌てず巡りたい。

次に京都十三仏霊場の11番を調べてみると法観寺、通称「八坂の塔」というのが出て来た(※)。タイミングで開いていない事もあるようだが、運よく開いていたら塔の2階まで行けて京都市内が一望できるとあったし、その場所なら時間的にも十分間に合う。それに、その界隈は京都らしい風情のあるところなので、塔に登れるかどうかに関わらず、散策するには良いところだ。十三駅で京都方面の電車に乗り換える頃には、私はそこに行く事を決めていた。
写真 3 
余談だが、その時点で『イザイホー』が上映されていたのは、日本全国で渋谷のアップリンクと十三のシアターセブンの2カ所だけ。短い上映期間中に、そうと知らずにどちらも訪れてしまう(片方は至近距離までだが)事になるのだから恐ろしい。「7」で共振しまくっているのだろうか。ちなみに、2/28(KIN226)からは沖縄・桜坂劇場で公開されるようだが、昨年の6月、15、6年ぶりに沖縄本島を訪れた時に、実はその劇場にも立ち寄っていたりする。

さて、河原町駅から八坂の塔方面に向かうと、途中で小雨がパラパラと降って来た。その後も降ったり止んだりだったが、雪になってもおかしくない位の気温なのにも関わらず、それに見合わない着物姿の人が妙に目立つ。しかもなんだか着崩れているような…と思ったら聞こえた来たのは日本語ではなかった。観光客用の貸衣装屋を見つけたのは、それから程なくしてのことだった。

残念ながら法観寺は閉まっていて塔には登れなかったが、おかげで面白い場面に出くわす事が出来た。塔の界隈を散歩していて、ふと目に入ったポスターに、八坂神社の節分豆まきの事が書かれていたのだ。見れば、節分の2/3だけでなく、2/2にも3回くらい豆まきが行われるらしい。2/2の最終回は4時〜となっていたが、時計を見ると3:45。八坂神社なら歩いて10分位の距離なので、これはラッキーと行ってみる事にした。

現地に到着し、まずは須佐之男命が祀られている本殿に向かって参拝。廣田神社は天照大神だから、期せずして姉弟神を同日参拝することになった訳だ。しかも、後日調べてみたら、八坂神社もまた勅祭22社のうちの1社に列せられており、当時は廣田神社と同じ扱いであったことが分かった。そういう背景を一切知らず、シンクロに導かれるまま巡っているだけで、ちゃんと繋がって来るのは、シンクロに「お告げ」としての働きがあるからだろう(読み方次第ではあるが)。

ちょうど私が参拝した時、本殿の中でお祓いされていた人々が、これから豆をまく祇園河原町商店街の店主達だった。いかにも京旦那らしい爺さん(多分偉い人)のクサい挨拶が入った後、一人一人の紹介があった。私が知っていたのは漬け物の「西利」くらいだったが、男衆に混じっていた数少ない女性の一人は、ミシュラン3星「千花」の女将という事だったので、せっかくならこの人からもらってみようかと、大体の位置を決めた。
写真 4 
といっても、それほど真剣では無かったので、最初のうちはのんびり後方から写真撮影なんかしていた。だが、「投げるのは全部で13回です」というアナウンスがあったところで、なにーッ!とスイッチが入った。とりあえず一袋はゲットしようと前の方に行って、6回目の時に女将の隣にいた女性が投げた袋を空中でキャッチ。

あとは皆さんどうぞ〜、としばらく流していたが、時間帯もあってか、私の周囲はそれほど人も多く無く、2個3個と集めているような人ばかりだったので、「じゃあ、あと一袋くらい頂いて行くか」と終盤気合いを入れ直した。そして最後の13回目に「千花」の女将が投げた袋をゲット。思いがけず手に入った節分の豆と、そこに至るまでの一連の流れに満足感を味わいつつ、八坂神社を後にした。

境内から出る時、証拠に豆まきの事が書かれた看板を撮影しようすると、電池はまだ少し残っていたはずなのに、寒過ぎたのかiPhoneが固まって真っ暗になってしまった。充電するために入ろうとしたスタバ(結局入らず別な店に入ったが)のお陰で、翌日別なシンクロが、これまた壮大なスケールで展開して行ったのだが、話があまりに拡散してしまうので、大阪天満宮(菅原町)近くの胡麻で始まり、八坂神社(祇園)の福豆で終わったこの日の話で、まずはひと区切りしておこう。
写真 2 
豆を受け取った6回目と13回目は、6・空歩く者(KIN253)とも13・橋渡し(KIN26)とも読めるが、どちらもドリームスペルでは火星軌道に対応するのが(須佐之男命の働きも考えると)興味深い。6×13=78は、パカルの特別な数字であり、チャクラで2日目に行った天真体道瞑想クラスに参加されたYさんの誕生キンでもある。Yさんは、通信(&スカイプ)で学んでいるシャンバラ教室生だが、イザイホーにも強烈にシンクロしていて、久高島を訪れた経験もあるとのことだった。

今回のミニトリップに限らず、何重にも織り込まれたシャーマニックな働きが、今、様々な次元で解き放たれつつあるのを感じる。ここに例示した一日ほど濃密ではないにせよ、私達は日々の暮らしの中でも、そうしたことを自然と行っているに違いない。おそらく、それを自覚しながらも、その事にとらわれない時(何か特殊な神事だとか思わない時)、私達は真のドリームスペラーとして「銀河的な役割」を果たせるのではないだろうか。


(※)大変驚いたことに、私がG2/2に調べた時は確かに「法観寺」だったのが、今再確認したら「随心院」に変わっていた。しかも随心院は山科の醍醐寺にかなり近い。以前、天智天皇陵に行こうとした時にも似たような事が起こって(ネットでその前日までは調べられていたのに当日だけ画面が出なかった)、行くのをやめた経緯があるが、考えてみたら天智天皇陵も山科だ。あのエリアには個人的な何かがあるのかもしれない。いくつかサイトを確認したら、まだ「法観寺」となっているところもあるので、やはり見間違いではなく、ごく最近変更が加えられた可能性が高い。

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