観音菩薩の化身と「時の輪」の教え

2015年07月14日 00:46

宇宙の月17日(G7/13)KIN101 赤い惑星の竜(by D)

4月12日(日)・13日(月)に昭和女子大学人見記念講堂で行われた、ダライ・ラマ法王による「般若心経・菩提心の解説・観音菩薩の許可灌頂」は、想像以上に素晴しい機会だった。その後も、強烈なシンクロが続きまくっていて、なかなかブログにまとめる時間が取れないまま今に至ってしまった。このままだと、「13の月の暦」で年を越してしまいそうなので、メモを繫げることだけでもしておこうと思う。

ただ、法話と灌頂については、私の怪しい記憶に頼るより、チベット学者・石濱裕美子先生のブログ「観音の千本の手」「哲学・修道・結果(法王法話)」をご覧いただく方がずっと役立つと思うので、是非、リンク先を辿られることをおすすめしたい。今回の灌頂の深い意味が、チベット仏教の歴史という文脈から読み解かれていて、大変勉強になる。

そんな訳で、以下は、この2日間にまつわる私の個人的な驚きメモである。12日(KIN9)の法話の時に、石濱先生が割と近い席に座っていらっしゃる事に気付いた私は、観音菩薩の灌頂が予定されていた翌日(KIN10)、先生が訳された『ダライ・ラマの密教入門』をお坊さんバッグに忍ばせて機を伺っていた。「クリカ」「カルキ」の表現について、先生ご自身がどういう見解をお持ちなのか、前々からお聞きしたいと思っていたからだ。

昼休みに入ったところでチャンスが巡って来たので、ちょっと割り込ませてもらってお聞きしてみると、「立て板に水というのはこういうこと」と思わせる滑らかさで、明快に回答して下さった。とは言え、あくまでも私の個人的なリクエストに対して、立ち話で手短に回答して下さったものなので、以下のメモも「私なりの理解」を自分用にまとめたものであることを、予め断っておきたい(何か問題があったとしたら私に責があるということ)。

即ち、底本で英訳&編集をしたJeffrey Hopkinsは、ダライ・ラマ法王の間近で長年研究していた学者で、カーラチャクラにも当然詳しい。その Hopkinsが書いていたそのままを、手を加えずに訳しただけである。また、綴り違い等の指摘は以前からあったが、そういう事を言い出すなら、他にも色々と修正すべきところは沢山あるし(サンスクリット・チベット翻訳では珍しくない)、何より、当時チベットのお坊さんたちもクリカと言っていたのだから、あえてそこにツッコミを入れる必要は無いんじゃないか、というような事だった。

私達は、先生がどう回答されるかに関わらず、クリカをカルキに変える気などサラサラ無かったのだが、翻訳に関わられた先生の見解は知っておきたかったし、長年気になっていた事でもあったので、その引っかかりが解けて非常にスッキリした。ある意味、自己満足のための素朴な質問にお手間を取らせてしまって先生には申し訳なかったが、丁寧に回答して下さった事にこの場をお借りして改めて御礼申し上げる次第である。

そのやりとりの直後、近くで先生を交えた記念撮影大会が行われ始めたので、私達も便乗して、灌頂で使われた千手観音のタンカ(仏画)を背に石濱先生と記念撮影(この時進んで撮影を引き受けて下さったのは台湾の女性だった)。せっかくだから、持参していた『ダライ・ラマの密教入門』と一緒に記念撮影をと思ってのことだったが、後からそのタンカも石濱先生が貸し出されたものだったと知って、大いに驚いた。
石濱先生と 
それが明らかになったのは2日後の4/15(KIN12)。先生がブログに「観音の千本の手」をUPされた事による。その日、改めて『ダライ・ラマの密教入門』の奥付けを見ると、発刊日が2001年1月15日で、何と、その日と同じKIN12だったという事も判明!14年も持ち歩いていたのに、発刊日を調べてみようと思ったのが、発刊日から19銀河スピン(19×260日)後の同じKIN12になるとは!

おまけに、同ブログの中で先生は「シンクロ」という言葉を連発されている(もしかしてクリカのサイトを見て下さったのか…)。この驚きの流れは、著者(法王)と訳者(石濱先生)が揃っている場(昭和女子大)に『ダライ・ラマの密教入門』を持参した事から始まっているのだろうか?いや、振り返れば、この本を手にした時点から既に始まっていたような気がする。

そもそものきっかけは、2002年1月に予定されていたブッダガヤでのカーラチャクラだ。参加を決めた私達に、ガイド役で同行する僧・吉沢さんが、式次第として持参を薦めて下さったのだ。実際、『ダライ・ラマの密教入門』は、殆どカーラチャクラの式次第そのものであり、実際に灌頂を受ける時に役立つものだと、後に実感する事になった。

吉沢さんの誕生キンが、ホゼと同じKIN11だと分かったのは、帰りの飛行機での事。ホゼの『マヤン・ファクター』(VOICE)を通じてカーラチャクラを知った私は、それだけでも驚きだったのだが、2004年に二子玉川に引っ越したことと結婚した事をハガキで報告したら、その返信に、もともと二子玉川の出身であることが書かれていて、さらに驚かされたのだった。

ブッダガヤに行った頃は、私達は二子玉川とは殆ど無縁(学生時代にバイトをした事はあったが…)だったのだから、何とも不思議な縁である。ちなみに、吉沢さんが通っていた小学校のすぐ近くに2009年に生まれたのが、先に「時の楽譜」展を開催した「ラサ」である。

思えば、石濱先生と記念撮影した時手にしていた『ダライ・ラマ密教入門』は、2001年12月24日に伊勢(神宮会館)でLが私にプレゼントしてくれたもので、現地で中止が判明した2002年1月のブッダガヤ、同年秋のグラーツ、そして2006年のアマラヴァティと、3回もカーラチャクラに一緒に参加した強者である。

その仕上げが、「魔術の亀の日」でもあった「白い惑星の犬」(G4/13)の千手観音の灌頂の場だったという事なのだ。この本に登場する「クリカ」を活動名としてして11年になる私達にとって、著者と訳者と図版を作った方の全てが同席している場で、観音菩薩の化身からその灌頂を受けられたのは、この上ない喜びだった。

12/24で思い出したが、今回の会場にまつわるシンクロにも相当不思議なものがあった。私が『ダライ・ラマの密教入門』を受け取った2001年の12/24から、ぴったり13年後の2014年12月24日、Lはお伊勢さんから呼び出しをくらって神宮会館に泊まる事になったのだった。「呼び出し」というのは、こういうことだ。

携帯からは何年もかけていないはずの神宮会館に、バッグの中に入れてあったiPhoneが勝手にコールしてしまったのだ!勝手にコール現象は、身近で何件か目にはしていたが、そのタイミングで神宮会館というのが驚きだった(履歴から考えても)。ちょうどクリスマス前後は、私が出張中ということもあって、Lは「これも何かのお導き」という感じで、神宮会館に改めて電話をしてみると、何と12/24だけ部屋が空いていたのだった!

そして、12/24(KIN160)に外宮の神楽殿で同席したのが「世田谷区太子堂の吉田さん」だったのだ。他に同席した方はおらず、祝詞で読み上げられる関係でご近所だと分かってしまったのだった。それだけでなく、翌朝、内宮神楽殿でもまた同席したのだという(この時はもう一組別な方もいたらしい)。

共に12/25(KIN161)に帰宅した私達は、翌12/26の夜、その世田谷区太子堂にある「シバカリー・ワラ」で晩ご飯を食べた。もちろん、伊勢でのシンクロが影響しているのは確かだが、もともと私達はこのお店の大ファンなので、年末断食の前に行っておこうという事になったのだったと思う。

そして、その2日後の12/28(KIN164=銀河の同期)に、チベットハウスからお知らせが届き、翌年4月の法王の来日法話は、昭和女子大(世田谷区太子堂)で行われる事を初めて知ったのだった。これまた大変な驚きだった。何故なら、この「世田谷区太子堂」という住所は、グーグルマップで調べれば分かるが、たかだか1キロ四方という非常に狭いエリアである。

私達にとって、こんなに近所(二子玉川から急行で一駅の三軒茶屋が最寄り)で法王の法話をお聞きするのは、少なくとも自分達が直接、法王の講演会場に足を運ぶようになってからは、初めてである。

そういえば、2013年「銀河の同期」からぴったり80日後のKIN244(10・種)に、『霊性のアート 心の豊かさを育む技』出版記念講演を、銀河アルケミスト教室生が中心になって開催してくれた場所が、そもそも世田谷区太子堂であった。そして、シバカリー・ワラの事を耳にして、いきなり行ってみたのも、まさにその日だった。

その時主催してくれたメンバーのうち、少なくとも4名は、昭和女子大の法王の法話にも参加されていたから、非常に手前味噌な捉え方をすれば、KIN244に撒いた種が、「般若心経・菩提心の解説・観音菩薩の許可灌頂」として、結実したようにも(個人的には)感じられる。そういう妄想をしたくなるだけの流れがある事を、ここまで読んで下さった方なら、少しは理解して頂けるのではないだろうか。

最後に、4/12(KIN9=今年一年でもある)に、これまた偶然出くわしたシンクロをメモして、そろそろこの記録を終えたいと思う。その日、昭和女子大の門前に到着すると、すでに長蛇の列がずーーーっと続いていた。ちょうど、台湾や韓国からの団体さんが到着したタイミングだったようで、持ち物検査もあったりして行列は中々進まない。

ようやく人見記念講堂の前に来たところで、係員に指示を出されて、仕方なく数mほど戻らなければならなくなった。と、ちょうど戻されたその場所に、黒塗りの車がやって来るではないか。騒ぎの様子からそれが法王を乗せた車である事がすぐに分かる。ご挨拶しつつも、すかさずiPhoneを取り出し撮影。絶妙のタイミングで並び直しをさせてくれた係員に感謝した(笑)。
法王車 
ナンバーの「61-25」は、二桁ずつ合計すると86で、一桁ずつ合計すると14になる。流石に、カーラチャクラの86代目の継承者でもあるダライ・ラマ法王14世(→誕生キンもKIN14)、そんなところまで自然にシンクロさせてしまうところが非凡である。

尚、この2日間に関する「13の月の暦」的観点については「9年後の観音菩薩許可灌頂」「キン9生中継!ダライ・ラマ法王来日法話」に既に書いてあるので、興味のある方をそちらを参照して頂ければと思う。

色々あり過ぎて、何だかとりとめの無い内容になってしまったが、最後の最後にもう1つだけ。今日は二子玉川ラサで「時の楽譜」展をご一緒し、「13の月の暦《TIMESCORE》」を共同制作した「みよこみよこ」さんの誕生キンでもあった(祝!)。みよこさんは、かつて「よしだみよこ」名で活動されていた事があったので、「世田谷区太子堂の吉田さん」ともある意味シンクロしている。

ここまで読み通せた方は、既にシンクロの波に乗れている方だと思うが、間もなくやってくる新年のビッグウェイブに乗って、さらに楽しみと驚きを加速させたい方には、「白い魔法使いの学校ー114白熱教室」への参加をお勧めしたいと思う。時の潮目を見抜いて波に乗るセンスを磨くには、乗れた経験を持つ者と、同じ目的を持つ仲間がいる場に身を置くのが、一番早いと思う。

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