天神さんと天迅さんの梅(後編)

2016年02月04日 01:48

■共振の月25日(G2/3)KIN46 白い共振の世界の橋渡し(by D)

G 1/25(KIN37)の朝、天気予報でも見ようかとテレビをつけながら体操をしていたら、最近流行っている様々な詐欺とその対策について、コントを交えながら伝える番組が流れていた。機器の進化に伴って巧妙化しているとは言え、詐欺の本質は、昔からある「心理的防御機構を如何にして外すか(焦躁らせたり同情させたり欲を刺激したりしつつ)」に集約されるのではないかと思えた。

例えば、誘い水としてまず無料や安価のものを、次に少し値の張るものを、と心の敷居を徐々に下げさせて行き、ついにはローンを組ませる所まで行く、と言った手法が典型的だが、実はこれは、ビジネスの世界でもよく行われている事だ。逆に言えば、商売というのは、どんな分野であれ、多少なりとも詐欺的要素はあるという事でもある(そのような意図は全く無くとも)。

私がそんな番組を思わず見続けたのは、マヤ暦関係でも他のスピ系分野でも、詐欺まがいの商売をしている人々が少なく無いという事実を、前日、改めて認識したからでもあった。ジャンルに関係なく、それらは、モノも情報も「商材」としか見ていない人々と、支払った金額の分だけ、資格や安心、あるいは人の役に立てる何かを得られると信じている人々の相互作用によって成り立つ、ひとつのシステムでもある。だからこそ高額化もし易いのだろう。

そんな事を思いながら1120号室をチェックアウトし、一路、京都へ。空は晴れ渡っているものの、寒波の影響で冷え込みは思いのほか厳しい。ロッカーに荷を預け、駅前のバスターミナルに向かうと、案内板の前に来た所で目の前の人が北野天満宮への行き方を案内のおじさんに聞いている。「○○の○○に乗って下さい」(もう忘れてしまった…)と答えているのが聞こえたので、そのまま流れるように乗り場へ。梅の季節とは言え、観光名所は無数にある街でのこのシンクロは幸先が良い。

北野天満宮前で下車した瞬間、大将軍八神社の案内板が見えたので、先にそちらから参拝する事にしたが、ラサの石川さんが薦めて下さった仏像群を見るには予約が必要だったようで(一般公開は年2回の限られた期間のみ)、残念ながら今回はお預け。しかし、もともとは陰陽道における方位と暦の神が祀られていた神社の住所が「48」というのは面白い。なぜなら、KIN48は「黄色い太陽の星」で、ドリームスペルにおいては金星軌道に対応するからだ。
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北野天満宮の参道は、今時珍しいくらいに屋台がズラリと並び、月曜の午前だというのに大勢の人で賑わっていた。もちろん、半数くらいは外国人観光客だったが、広い境内を巡って本殿前に着くと、何本かある鈴の緒のある所に皆きちんと並んでいる。進んで行くと、中央奥の丸鏡以外に6つ、八角形(八葉?)の鏡が掲げられている。今回の諸々の導きを感謝してから、社務所で「猿と梅」の絵馬、そして節分用の豆をゲット。本殿右手にある右から五番目の神籤箱を降って、おみくじを引いてみた。

一番大吉「月輝いて清雪のごとし」。「天神様の十一歳の頃、月が輝いて万物が清らかな雪のようであると詠まれたお詩です」と書かれていた。満月が輝く日に大阪天満宮のお膝元で「13の月の暦」とKIN11(11・猿)のホゼについての話をして来た「1・猿」の道筋を歩む私としては、これ以上無いくらい完璧な内容と数(猿の紋章コード番号は11)。また、大阪天満宮の20番と北野天満宮の1番を「黄色い太陽」と「赤い竜」と見れば、神秘の関係とも読み取れる。確かに、この2日は「予期しない」驚きに満ちている。
IMG_6835.jpg ★梅と三光門

その後、「星欠けの三光門」や境内の梅をしばし堪能させて頂く。ちなみに、三光とは、日、月、星の意味で、梁の間にその彫刻があることが名の由来とのこと。星の彫刻だけ見あたらないのは、かつて朝廷があった大極殿から望むと、ちょうどこの門の上に北極星が輝くことから、天空と一つになって平安京を守っていたという事らしい。

IMG_6840.jpg ★五辻通で目にした913と2613。26は現在のLの道筋、13は2016年元旦のKIN。

そろそろお昼時ということで、天満宮の東側から出て、「五辻通」をさらに東に向った先にあるカフェを目指す。途中「七本松通」という所を横切った時に、本シリーズ(前編)に記した道真公にまつわる「七本の松」の事を思い浮かべたが、後で調べてみると、直接の関係は無いようだった。しかし「五辻通」と「七本松通」の交差点を通る事になるとは、予期していなかった事だけに、出来過ぎた話だ。何故なら「260:364=5:7」となるからだ。 

バスで移動中に調べておいた「ひだまり」という町屋カフェは、天満宮の300mほど東に位置する。かなり人気の店らしいが、すんなり入れた上に、一番奥の床の間&中庭の前、石油ストーブにも近い席に案内された。寒さが染みる気候なだけにありがたい。それぞれの席には、膝掛けだけでなく湯たんぽも用意されていて、確かに店名前通りの暖かさ。この記事を書く前に再度調べたら、住所は100-99で、おみくじの1番ともシンクロ。テーブル5卓の全13席という配置は、ドリームスペルや金星会合周期を彷彿させる。
IMG_6843.jpg ★かぼちゃと豆さんのクリームシチュー 600円!

全てを女性が一人で切り盛りしている事も関係あるのだろうが、どうやら相席をさせない方針のようで、私が食事をしている間にも何組かの人たちが丁寧に入店を断られていた。身も心も温まった後で、少しだけ天満宮の方向に戻って、千本釈迦堂(大報恩寺)に参拝してみることにした。全く予定外だったが、京都市内最古の木造建造物(国宝)と書かれていたら、素通りは出来ない。

境内に入ってすぐ目に留まったのは、阿亀桜(おかめさくら)という名の枝垂れ桜。枝ぶりだけで満開時の見事さが想像できるが、ここが「おかめ」伝説発祥の地でもあったとは知らなかった。それにしても、鎌倉時代に建てられた本堂が、何度も焼け野原になった都で戦火を免れ続けたのは奇跡的だ。柱に残る刀や槍の傷後が、何時の時代に刻まれたものなのかに思いを馳せながら、しばし温かな日差しが差し込む本堂で瞑想。

その後、本堂奥にある霊宝殿で、快慶の「十大弟子像」、定慶の「六観音菩薩像」などをじっくりと見させて頂く。学校の体育館くらいある広い空間は、冷蔵庫並みの寒さだったが、鎌倉期の著名な仏師の作品に混じって、道真公の作とされる観音像を見つけた時は、興奮度が一気に高まった。仮にそれが後付けの話であったとしても、私にとっては、道真公が観音様を信仰していて、梅の木を自ら彫って像を作ったという話に、このタイミングで出会う事が喜びなのだ。もちろん、快慶や定慶の作品が素晴しかったのは言うまでもない。

案内パンフから、この寺を開創した義空上人が、奥州藤原氏三代・藤原秀衡の孫であると知った時に、何やら因縁めいたものを感じたのは、私が「1・猿」の道筋に入ったまさにその日に、奥州藤原氏を滅ぼした源頼朝が開いた地、鎌倉巡りをしていたからだ。しかも、その少し前には、奥州藤原氏に関する興味深いシンクロもあった。帰り際、本堂前の狭いスポットで、知った顔の人物を同時に3人も目にしたのを不思議に思ったが、こういう現象と歴史の巡り合わせとは、時間の間隔が違うだけで、法則としては似たようなものなのかもしれない。

ちなみに、3名のうち2名は、京都駅からのバスで私の前に座っていた老夫婦。もう1人は、大将軍八神社で見かけたオジさん。夫婦は声も同じだったし、オジさんは大きなカメラと帽子に特徴があったので間違いない。もちろん、京都で観光をしていれば、どこかで再会する事は十分有りうる話だが(大阪の暦クラス参加者に翌々日京都でバッタリ会った事もある)、京都市内で最も古い木造建造物の前で集中的にバッタリというのが象徴的なのだ。実際、他の場所では会わなかったし、仮に会っていても私は気付くことが無かった。

霊宝殿ですっかり身体が冷えてしまった私は、今日のシンクロ散策はこれくらいにして、あとは温かいお茶でも飲んで帰路に着こうと、近所のカフェをスマホで調べる事にした。歩いて行ける範囲で最初に目に止まったのが「ラインベック」という店だった。住所を見ると何と薬師町692。五辻通で913ナンバーを目にしていていた私は、マヤ長期暦9.13.0.0.0=692年というシンクロに撃たれて、即座に行き先を決定した。興奮し過ぎたのが、店先の自転車に惑わされたのか、珍しく少し迷ってしまったが、無事に到着。
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店内で改めて調べてみると、何とオープンは2010年1月24日で、座席は20席!20番のおみくじを引いたのは、1/24の大阪天満宮。2010年のその日はKIN186(4・世界の橋渡し)で、ハーモニック・コンバージェンスに賛同して富士山に登ったと言われているオノ・ヨーコの誕生キン。そして今年は、夫だったジョン(KIN114)のキンから始まった「白い惑星の魔法使いの年」。何と言う美しさだろうか!!京都で立ち寄った町屋カフェの席数が13と20だなんて、狙っても出来ない芸当。

興奮醒めやらぬ状態ではあったが、ひと息ついて暖まったところで堀川通に向い、バスに乗る前に清明神社にご挨拶。羽生結弦選手の活躍で、最近また盛り上がっている気配の境内。私にとっては、仕上げに五芒星を目にすることで、「銀河の第5の力」への感謝を捧げるという儀式的な意味があったが、思いがけず北斗七星も目にすることになり、また5:7=260:364を再確認させられた思いがした。
IMG_6861.jpg ★清明神社の五芒星と北斗七星

満ち足りた気分で堀川通への小道を歩いていると1101ナンバーの車。1つ前の記事にも書いたが、伊勢内宮に『ドリームスペル』が奉納されたのは、道真公の死去からぴったり1101年後のタイミングだった。そして、北野天満宮で引いたおみくじは、道真公11才の時の詩が記された1番のもの。京都駅のロッカーは、元旦(G7/26)から1スピン後だという数で選んだ0412。という事は、当然、今年のG4/12はKIN114(J・レノン)である。ロッカーを選んだ時は、ジョンとヨーコがこんな形で絡むとは想像していなかった。
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「もう十分」という事で、新幹線も一番早く取れるもので席を指定。すると「のぞみ44号13号車11番D」となった。『時間の法則の20の銘板』(KIN44〜)の制作世話人をしていた私の字画は、苗字が13画で名が11画の合計24画。『13の月の暦』の毎月の誕生日は18日。のぞみ44号は、18:18京都発20:14新横浜着の予定だったが、途中雪の影響で新横浜は2分遅れの20:16着。『時間の法則の20の名版』は別名「16年間のテレクトノン」。「時間の法則」を生きると、このような事は当たり前になる。

そして今日、その『20の銘板』の見方でKIN241に対応する「共振の月」最後の「魔術の亀の日」&節分に、北野天満宮で手に入れた福豆を頂いて、このブログを書き終えた。袋に入っていた豆の数は全部で60。『テレクトノン』において9.13.0.0.0(692年)にその墓室が封印されたとされる「碑銘の神殿」。墓室の石棺に刻まれたパカル王誕生の日付「8アハウ」を、ドリームスペル風に読めばKIN60。マニアックな事を含め色々書いたが、これらは全てただの遊びなのだ。ただしそれは、バラバラに見えているものを繫ぐことで、実際にリアリティを変容させる「遊び」である。
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という事で、天迅による天神さんの記録は、ひとまずここまでとしたい。

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