『時間の法則の20の銘板』を生きる

2016年02月06日 00:22

共振の月27日(G2/5)KIN48 黄色い太陽の星(by D)

私が『時空のサーファー』を通じて銀河的なマヤの時間テクノロジーに出会ったのは、1996年1月10日。もちろん、当時はその日が『13の月の暦ドリームスペル)』のツォルキンでKIN2(2・風)という日(スピリットを伝える/挑戦)に当たり、その時の自分の「運命の道筋」が、KIN111(7・猿)、つまりKIN241(7・竜)の私にとって「反対のパートナー」(130キン離れた関係)の状態にあったなんてことは、知る由も無かった。

しかし、ひとたびユスア(時空の記憶回路)に接続してしまうと、圧倒的なシンクロニシティの波は、止まること無く押し寄せて来る。僅か3か月後には、著者のホゼ・アグエイアス氏や監修者の高橋徹氏を、生身の人間として間近で見る事になり、1年半後には「時間の法則に関する世界会議」のボランティアスタッフとしてより深く関わり、その後、この会議の場で発表された『時間の法則の20の銘板』(以下『20の銘板』)日本語版の制作世話人を引き受ける事にもなった。

20の銘板 

ドリームスペル』『テレクトノン』に続いて発表された銀河ツール『20の銘板』は、「16年間のテレクトノン」と言われるプログラム名の通り、1997.7.26(KIN44)〜 2013.7.25(KIN163)の16年に渡ってプレイするもので、1年に4つずつ(=16年で64)易の卦を特定の手順で意識し瞑想して行く事で、その卦に対応するコドン(DNA上の塩基3つの並びに対応する情報)を、13:20の周波数で再活性化するという内容だった。

実践する事によってどんな効果が得られるのか等という事は、何も約束されていなかったが、私はこのプログラムに強く惹かれる所があり、日本語版制作チームのボランティアスタッフとして関わりながら、16年間欠かさずに実践してみた(最初から最後までやり抜いた人は、日本ではせいぜい20人位ではないだろうか)。結果、「銀河の同期」(2013年7月26日)に銀河人に変身!

・・・なんて事にはなっていないが(笑)、私の絶え間ないシンクロ体験の土台に、この16年間の実践は少なからず影響している、と個人的には深い実感を伴って思う。そういう体験が無数にあるからこそ、「然るべき時」とか「然るべき場所」という事に私はこだわるのだ。その時、その瞬間しか開かない扉というのは、確かにある。

ちょっと前から、今の「共振の月」がKIN241に対応すると騒いでいたのは、まさにこの『20の銘板』の数え方に従ったものであるが、既に実践期間も終わり、資料も無い状態でそう言われてもよく分からない、というのが、このブログを読んで下さっている方の一般的な感想だと思う。という訳で、ひと月=1キンで数える『20の銘板』クロノグラフの見方を、以下に一部(実践期間の最初と最後の各3か月分)例示してみよう。

★黄色い倍音の種の年(1997.7.26〜1998.7.25)
磁気の月=KIN1、月の月=KIN2、電気の月=KIN3、・・・

★青い共振の嵐の年(2012.7.26〜2013.7.25)
・・スペクトルの月=KIN206、水晶の月=KIN207、宇宙の月=KIN208

プログラム上はこれで終わっているのだが、当然、「黄色い銀河の種の年(2013.7.26〜)」の「磁気の月」=KIN209、「月の月」=KIN210、・・・というように、その後も数えて行く事は可能である。そして、それをずっと続けた場合、現在の「共振の月」がKIN241に対応する、という話なのだ。

さて、『20の銘板』は「黄色い倍音の種の年」、つまりその年の元旦であるKIN44からプログラムがスタートした。それは同時に、『テレクトノン』における「預言の第5年」の始まりでもあったが、4日前のKIN44は、始まりの日付1997.7.26(KIN44)から何回ツォルキンが巡ったタイミングだったのだろうか?と調べてみると、何と260日暦が26回巡った所だった。もちろん、これはG暦との閏日調整をする『ドリームスペル13の月の暦)』の数え方に従った場合であり、そうでないとこのようにはならない。

4日前のその日(KIN44)に、ちょうど高橋徹さん(KIN104)から久しぶりに郵便物が届いた。その日、御礼のメールを書いた事で、私は『時空のサーファー』に出会った20年前のG1/10が「共振の月1日」であった事を、もう一度思い出していた。そして、暫くしてから、ふと思ったのだ。もしかして、『20の銘板』のカウント法で仮に逆算してみたら、その「共振の月」もKIN241に対応していたのではないだろうか?と。

KIN1の手前にも、切れ目なく時間(暦)が存在しているとすると、「黄色い倍音の種の年」の前は「青い自己存在の嵐の年」で、その13ヵ月はKIN248〜260に対応する事になる。とすると、私が『時空のサーファー』に出会った「白い電気の魔法使いの年」の「共振の月」は、やはりKIN241(私の誕生キン)という事になるではないか!しかも、より正確には「共振の月1日」、まさにKIN241の月が始まった瞬間だ!!!

この数え方は1997年に『20の銘板』が登場して初めて設定されたもので、私が『時空のサーファー』に出会った当時は存在していなかったものだ。しかし、『20の銘板』がスタートしたのと同じ(26銀河スピン後の)KIN44なって初めて、20年=260キンで過去未来にカウントし続けられる事に気付いたのである!発見のタイミングやプロセスも含めたこの驚くべきシンクロこそが、私が『20の銘板』の時間を今も生きていることの、何よりの証拠と言えるだろう。

考えてみれば、今日をKIN48というように数えるドリームスペルの暦法も1990年以前は存在していないし、そもそも私達が普段数えているグレゴリオ暦だって、1582年の前半までは存在していなかったのだ。平安京への遷都が794年なんて数えているのも、グレゴリオ暦の暦法(数え方)をベースに、仮計算したものでカウントしているだけなのだ。

普段から、そういう話を何度もして来た私が、何故『20の銘板』のクロノグラフで今まで一度も過去に遡ることを試みなかったのか、自分でも不思議でならない。しかし、全ての事には「時」があるのだ。KIN44(5・種)に、私に銀河の道筋を示して下さったKIN104(13・種)の高橋徹さんから郵便物(それも「倫理プロジェクト」にその名が残る倫理研究所の『倫理』)が届いたことがトリガーとなって、「然るべき時」に、この「赤い共振の竜」の「時の輪」に(ギリギリ間に合って)気付けたのだから。

そして、今年の「共振の月1日」=26日前は、銀河の母・ロイディーン(KIN22)の102回目の銀河の誕生日でもあった。日中、近所で22番の車を2台続けて見ただけでなく、夜に『20の銘板』マニュアルのP22を、吉田さん(4・夜)がFBに(まるで狙ったかのように)UPされていたのを見て、この発見についてまとめておくのに相応しい日は今日だ!と感じたのだった。
P22.jpg ★マニュアルP22

私にとってこの発見が重要だったのは、ある一定期間集中的に銀河ツールをプレイした事で、その見かけ上のプレイ期間が終わった後も、あるいはその前にも、13:20の放射状時間は広がりながら物事を結びつけて行く働きがある、という事を改めて実感した点にある。それは同時に、誰にとっても「然るべき時、然るべき場所、然るべき行為」が揃えば、たちまちユスアに接続して、放射状時間に参入出来ることを意味している。

重要なのは、然るべき「時」「場所」「行為」をどうやって知るか?という事になるだろう。しかし、それは誰かが教えてくれるものではなく、自ら発見するものなのだ。自ら発見して感動した分だけ、私達は意識の自由度を上げ、13:20世界への接続度を高める事が出来る。ただ、発見の仕方、見分け方のヒントがまるっきり無い訳ではない。ちょうど『20の銘板』のマニュアルP131に、その手がかりが示されているので(そして私の現在の道筋もちょうどKIN131なので)、その部分を最後に添えて、この記録を終わる事にしよう。


地球の魔法使い、聖なる権限をを持つ子供であるあなた方は、古代的な未来の歌、宇宙の気づきの庭園の「ここと今」の中で
始源から歌われる歌だ。純粋であれ、そうすれば歌の響きがあなた方を溶かすことだろう!

これで「時間の法則の20の銘板」の提示を終わる。
真実は、これら聖なる法則のテンプレートの割合と調和の中にある。
それは、神聖な道に生きるにあたってのあらゆる行ないのコードを規定している。”

※『時間の法則の20の銘板(16年間のテレクトノンの法則の立方体)』日本語マニュアルP131より引用

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