ドリームスペルサーファー151

2016年02月10日 21:34

銀河の月4日(G2/10)KIN53 赤い磁気の空歩く者(by D)

陰暦正月でもあった一昨日(G2/8)の新月は、『13の月の暦(ドリームスペル)』の365日暦で「銀河の月2日」、260日暦ではKIN51(12・猿)だった。その日、旧友Kが我が家に初めて立ち寄った。同じ路線の数駅離れた所(かなり近所)に住んでいるのだが、顔を会わせるのは2,3年前に行われた中学の学年同窓会の時以来。まあ、いつでも会えると思っていると、そんな感じになるものだ。

小学校を2回転校し、学区外の中学、高校に通っていた私にとって、6年同じ学校に通った友人は、それだけで珍しい存在なのだが、Kの場合、戸塚から通学していた所までもが共通していて(つまり彼も学区外に通っていた)、中学時代は部活も同じだったので、実質、最も長い付き合いのある朋友と言える。

不思議と同じクラスになった事は一度も無かったが、大学時代も社会人になってからも、さらには思いがけず関西に住む事になった時でさえも、常にひと足先にその地にKが居る(つまり人生の殆どの時期ご近所さん)というのは、まことに不思議な縁としか言いようが無い。しかし、今回のこのタイミングでの再会は、さらなる驚きを私にもたらした。
スコア13の月の暦 TIMESCORE

帰り際、TIMESCOREを指差しながら「それは何なの?」と言うので、「これが20年前から使ってる『13の月の暦』だよ」と言いながら、ふと「そういえば誕生日いつだったっけ?」と聞いてみると、何とG1/10だと言う。長い付き合いの割に、その日付は全く覚えていなかったので、今、その日付が登場した事に、私は衝撃を受けたのだった。

ここ最近のブログで何度も触れて来た通り、私は、20年前のまさにその日(1/10)に、『時空のサーファー』という本に出会ったのがきっかけで『13の月の暦』を使い始め、その後、それに関する本を何冊か書くような人生を歩んで来た。しかも、直近のその日付は、デビッド・ボウイ(KIN55)の命日と、『13の月の暦』提唱者の一人・ロイディーン(KIN22)の誕生キンが重なった、新月のちょっと特別な日だった。
時空 
Kの誕生キンはKIN132(2・人)だから、ツォルキンの中心である調波33、そして『20の銘板』における「時間トンネル(28日間)」の最終日を飾る日だ。もちろん、33はボウイとロイディーンの誕生キンの差でもある。それにしても何故、二子玉川に引っ越して来てから12年も経った今頃、Kは我が家に立ち寄る事になったのだろうか。私に言わせれば、おそらく以下の事柄が関与して、「スユア(時空の回路)がそうさせた」という事になる。

まず、私の現在の「運命の道筋」がKIN131(132のすぐ隣)であること。次に、その状態で20年前の『時空のサーファー』との出会いが、自分の誕生キン(KIN241)と完全に同期する「共振の月」(=20年に1度しか生じない現象)に起こっていた事実に気付き、さらに「共振の月1日」(G1/10)自体が7月1日=「7・1」=「7・竜(KIN241)」に置き換え可能な日付だと、ごく最近になって気付いた事である。

12:60世界の先端で活躍しているKにとっては、意味不明な暗号の羅列に見えるだろうが、もう一つ書き加えておきたいのは、私が『時空のサーファー』を手に入れた文華堂という書店を、Kも良く知っていて、3次元的に立ち寄ったりもしていたという事実だ。戸塚駅西口駅前に、まだ旭町商店街があった頃の話だから、同じ戸塚であっても最近の住民には通じない話なのだ。

しかし、さらに興味深いのは、そのKが「銀河の月2日」(G2/8)という日に我が家を訪れ、13MOON CALENDAR TIMESCORE に目を向けた(全く無反応な人も大勢いる)という点である。それは、ちょうど彼自身の誕生日で、新月でもあった「共振の月1日」から、正確に一巡後の新月にも当たるタイミングだった。

しかも、4年前の同日(G2/8)は満月で、『ドリームスペル』日本語版第2刷(最終版)は、まさにその日に公式窓口での申込み受付が開始されている。その通知をしたのは、日本語版制作世話人でパン・ジャパン・ライブラリーの管理人でもあるLだが、Kは一昨日、そのLとも初めて顔を合わせる事になったのだから、やはり中々強烈なシンクロ力がある。

ところが、まだ先があった。4年前のG2/8(=銀河の月2日)は、260日暦だとKIN151(8・猿)に当っていたので、銀河の音8(=銀河の)が月日で重なる「魔術の亀の日」でもあった。ちなみに、「銀河の音」というのは、1〜13のマヤ数字に対して『ドリームスペル(13の月の暦)』が新たに定めた呼び名で、ちょうど8番目の数である「音8」には「銀河の」という名前が付けられている。

このKIN151とドリームスペル受付開始との間にある強力なシンクロについては「ビセンテ・アミーゴの夢」という過去記事(チラッと読み直したら何とそこにも中学時代の部活の先輩の話が!これはスゴイ確率だ)にまとめてあるので、そちらをご覧頂くとして、実はKと私の間にも、この151という数字が関与することを、ふとした思いつきから私は発見してしまったのだった。

もう一度整理すると、私が『時空のサーファー』に出会ったのは1996年1月10日(KIN2)。私が自身の「反対のパートナー」(誕生キンから最も遠い130キン離れた関係)であるKIN111の道筋を歩んでいた時だったから、当然、Kの26才の誕生日当日でもあったその日は、Kにとっても「反対のパートナー」の道筋に入った瞬間だったと言える。

それで、私とKの誕生日とは一体何日くらい離れているのだろうか?という疑問がふと頭をよぎった。260-111=149。149+2=151。念のため、お互いの誕生キンで調べてみても、260-241=19。19+132=151。という訳で、私の誕生日からKの誕生日までは、何と151日である事が分かった。

Kが我が家を訪れた日が、別な日だったらこの数字を見ても何とも思わなかったのだが、4年前のG2/8がKIN151で、ちょうどその日から『ドリームスペル』日本語版の受付を開始していて、それを公表したのがL(KIN231)であるとなると、話は違って来る。しかも、『時空のサーファー』は、私が戸塚の書店で手にしたまさにその日が奥付けに記された発刊日。
奥付 ★出版社の住所はLのKIN231とシンクロ

『ドリームスペル』という名を私が初めて目にしたのは『時空のサーファー』のP254、「ジョーおじさんから日本の読者へ」という文章の中での事(※)。著者であるホゼ・アグエイアス氏の誕生日(G1/24)に参拝した大阪天満宮は、天神さん(菅原道真公)が主祭神だが、KIN254は道真公の誕生KIN。そのG1/24(KIN36)、私は山岡鉄舟(KIN36)についても話をした。そして今日、151が36番目の素数でもあることが判明。

伊勢の式年遷宮でもマヤ暦でも重要視される20年(カトゥン)の「時の輪」、151という数字、『時空のサーファー』と『ドリームスペル』の繋がり。旧友の来訪は、それら全てと極めて密接に、かつ多次元的に関わっていた事になる。時間だけでなく場所も含む全てが、今、20年の「時の輪」を通じて、豊かに実りつつ再来している。

(※)そこには上級者向けスーパー・サーフボードとして『ドリームスペル』が紹介されているが、同時に全ての源でもある。そのスーパーボードが手に入れるチャンスは限られている(「銀河シンクロ教室」リンクへ)。

コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    最近の記事