「3太陽質量=3銀河スピン」の重力波

2016年02月22日 23:01

銀河の月16日(G2/22)KIN65 赤い宇宙の蛇(by D)

広島原爆投下から99銀河スピン(99×260)、ハーモック・コンバージェンス40銀河スピン(40×260)のタイミングだったKIN55(G2/12)、朝一で目にしたのは「<重力波>世界初観測」というニュースだった。実際には、前日のKIN54(G2/11)に発表されていたようだが、シンクロ世界を生きる者にとって、「自分自身が知ったタイミングが何時なのか」は重要である。

そういう意味で、昨夜サイエンスゼロを通じて、その観測の背景を知ったことにも、私は深いものを感じる。学生時分、物理の入口くらいはちょこっとかじっていたので、重力波の検出が科学の世界では滅多に無い大事件であることは理解しているつもりだが、複雑な道具なしに神秘と直面できる世界に身を置くようになってからは、どうも数字的な符合の方に目が向いてしまう。

順を追って書いてみるが、まず最も驚いたのは、重力波の検出が、実は2015年9月14日になされていたという事。『ドリームスペル(13の月の暦)』での「月の月23日」(2/23)、KIN164(8・種)。何と、「銀河の同期」(2013年7月26日)から正確に3銀河スピン(=780日=火星会合周期)というタイミングだったのだ。

しかも、今回の重力波は、太陽質量の36倍と29倍という2つのブラックホールが合体して、太陽質量の62倍のブラックホールになった時に生まれたものだという。36+29=65なので、65と62の差の分(=太陽質量の3倍)は重力波としてこの瞬間に放出され、それが13億光年彼方から伝わって来た計算になると言う。『13の月の暦』を日常の暦として使っている立場からすると、この符合は面白過ぎる。

「銀河の同期」からぴったり3銀河スピン(3×260)というタイミングに、太陽質量3倍分の重力波(の一部)が地球に届いたのだ。ホゼや江本所長が生きていたら、きっと「3太陽質量=3銀河スピン」というポエティックな式を作ったのではないかと思う(そういうところ、案外似ていたかもしれない)。
宗家プラハ 
KIN29はホゼの誕生日の7日前(G1/17)、KIN36はホゼの生誕77周年(G1/24)、KIN62はウンベルト・エーコが他界した日(G2/19)、そしてKIN65は本日(G2/22)=我らが師・青木先生の傘寿(80=2×2×20)の誕生日だ。ひとつ前の記事に書いた通り、エーコの他界は、私の中で剣武天真流と密接に関係している。何故なら、剣武の海外演武はプラハ(2012年)、トリノ(2014年)の順で行われて来たからだ。
宗家プラハ2 
アマゾンだと2/22付けの発売になっているエーコの最新邦訳『プラハの墓地』を、今日、書店で見つけて手にしてみた。奥付けを確認すると、やはり発刊日はアマゾンとは違っていて2/26(KIN69)。青木先生(&丸山・吉田両師範)とプラハで演武したのは、ヴィーナストランジット3日後の2012.6.9(KIN12)。『プラハの墓地』の中で、プラハの文字が入る章は、12章(P228=114×2)「プラハの一夜」だけだった。

目次でそれを確認してから、全部で530ページ以上もあるその本をパッと開いたら、例のごとく一発でそのP228が開いてしまった。既に慣れっこには成っているが、未だにその瞬間はハッとする。近くに誰か居て、証拠を示せる時もあるが、一人驚くケースの方が多いので、一体どれくらいの頻度でこの一発検索スタンドが発動するのか、できるだけメモをして行こうと思う。ちなみに、2日前にはLが1000ページ以上の辞書で、同じような体験をしている。

最後に、重力波の観測が、2015.9.14=KIN164(黄色い銀河の種)で、サイエンスゼロでの重力波に関する放映が、2016.2.21=KIN64(黄色い水晶の種)&銀河の月15日になった所にも、私は銀河的な采配を感じてしまう。その間、160日。しかも、サイ時間単位はそれぞれ「1・風」(KIN222)と「1・地球」(KIN157)で、共に天王星軌道と対応するウェイブスペルの始まり。222ー157=65。という訳で、この内容は、KIN65の今日中に書いておくのが、「銀河的に美しい」という事になろう。

ドヴォルザーク 
追記:演武したのはプラハ伝説の地、ヴィシェフラド城。そのエリアには、スメタナ、カレル・チャペック、ドヴォルザークらの墓もあるヴィシェフラド公園墓地があり、演武後に訪れていたことを思い出した。

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