赤いサーファー、青いサーファー

2016年05月04日 23:57

スペクトルの月3日(G5/4)KIN136 黄色い律動の戦士(by D)

KIN131(G4/29)の時間魔術祭において発見され、共有された様々な物語は、「猿の創世記」のシンクロ場を活性化し、即座に次の波を私達にもたらした。おそらく、あの場に参加された全ての人々に、それぞれ相応しい形で波が届いているのではないかと思う。

プリンスのハートビート(追悼)」にLがまとめてくれた通り、この流れの予兆は、プリンスの死が報じられたアースデイの頃から既に始まっていた。もちろ ん、それ以前の様々な流れも絡んでいるのは言うまでもないが、分かり易い形で浮上してきたのは、大体その頃である。

時間魔術祭の翌日から2日間(それは「現れを仕上げる」惑星の月のラスト2日にも当たっていた)、私は横浜ナディアでの仕事が入っていた。2ヶ月に一度くらいの頻度で行っているウォーターセラピーの出張個人セッションだ。

初日のKIN132(G4/30)は、『時間の法則の20の銘版』によれば、KIN105から始まった28日間の時間トンネル「復活のテレクトノン」が完了するタイミングだった。これは、3つの通過儀礼を経て13の月・月の人として復活する機会が訪れている事を意味していた。

いつも通りに少し早めにお店に到着すると、セッションルームがまだ使用中だった関係で、スタッフの方と立ち話をし「今日、明日作成する水は、ある意味”復 活の水”なのだ」という事をお伝えした。その後、機器の準備をしていると、最初のお客様であるAさんが「武蔵小金井」と話しているのが聞こえてきた。

既に何度もウォーターセラピーを受けているAさん。てっきり横浜の方だと思い込んでいたが、セッション中に聞いてみると、戦後からずっと武蔵小金井だとの こと。私が学芸大に通っていた事を伝えると、昔日の武蔵野の様子や、お隣さんが学芸大の元教授であることなど、色々と話して下さった。
時空 時空赤 
それからしばらく忙しい時間が続いたが、休憩時、ほんの数日前に『時空のサーファー』が追加入荷されたばかりである事が話題になった。既に、小学館版(青い表紙)も復刊されたモデラート版(赤い表紙)も絶版になって久しいが、モデラートの社長と縁の深いナディアだからこそ、そして”今”というタイミングだからこその出来事だったらしい。

すると、スタッフのSさんが「赤バージョンには小原さんの解説があるけれどロダンセの事は出ていなくて、青バージョンは逆ですよね」と言われた。過去記事にも書いた通り、私は青バージョンで『13の月の暦』に出会い、9年後に赤バー ジョンに「あとがき」を書くことになるという、マンガのような体験をしている。

ロダンセとは、アグエイアス夫妻が日本で初めて『13の月の暦』の話をした伝説のお店で、当時は武蔵小金井にあった。「13の月の暦」「テレクトノン」「ド リームスペル」という時空のサーフボードも、そこでしか手に入らなかったのだが、9年後に赤バージョンが発刊された頃には、暦に関する情報がネットも含め広く行き渡っていた関係で、ロダンセはそのページから姿を消す事になったのだった。

さて、閉店時間が近付いて来たところで片付けを済ませ、普段ならそのまま「お先に」と帰ってしまうところ、ちょっと確認したい事があって、スタッフの方がお客様の対応を終えるまで、美しい石たちを眺めながら待つ事にした。その間、10分余り。用件も済んで、さあ帰ろうとなったところで、オーナーのゆみこさんと一緒にお店に入って来たのは、何と龍村ゆかりさんだった。
ナディアy 
カトマンズで13人のグランドマザーにお会いした時にメールでやりとりしたり、 チベットサポート関係他でお会いした事は何度かあったが、ナディアで再会するとは予想外だったので、私はかなり驚いた。聞けば、マウイであるワークショップが行われた際、ゆかりさんがホームステイをされたらしい。横浜のショップに来たのは初めてとのことで、そこに偶々私が居たという訳だ。

久々の再会を祝して記念撮影をした後、私は先に失礼させてもらったのだが、確かゆかりさんは、私を水の世界に導いた江本勝所長と、365日暦の誕生日が同じ7月22日のはず。再会したこの日のサイ時間単位KIN154(7×22)とも、見事にシンクロしていた。あちらから所長が繫げて下さったのかもしれないが、それを言う ならアグエイアス夫妻やLeon Flying Eagleさんとの縁も見逃せない。

なぜなら、マウイは『ドリームスペル』が生み出された場所でりあり、正八面体水晶と球状ラピスを通じて繋がったLeonさんもまた、マウイで晩年を過ごされた 方で、その誕生キンは「銀河の同期(KIN164)」そのものだったからだ。しかし、帰宅してから気付いたのは、さらに面白いことだった。

霊性のアート』P96に記してあるように、ゆかりさんと初めてお会いしたのは私が大学生だった頃で、学芸大内の施設で行われた『ガイアシンフォニー・第一 番』上映会の時だった。この映画のプロデューサーでもあったゆかりさんが、出産間近と思われる大きなお腹で講演されたのを今もよく覚えている。学芸大の最寄り駅は武蔵小金井である。

つまり、私はこの日、ナディアに到着した瞬間も帰り際も、武蔵小金井駅を中心にした小金井市という場と繋がってしまったのだ。そして、これはナディアに 『時空のサーファー』が入荷したことと関係があるとしか私には思えない。なぜなら、そのタイミングに合わせてAさんのお話や、ゆかりさんとの再会が生じたからだ。

帰宅後、改めて「青いサーファー」と「赤いサーファー」の2冊を見比べてみた。ロダンセが出ていたのは「青いサーファー」のP254。KIN254(7・魔法使い)と読めば、テレクトノンの「預言の第7年」にも対応する。一方、「赤い サーファー」で自分が担当した「あとがき」は、P294から始まる。別に意味はないが、思わず294-254=40と計算してみたくなる。

40という数は「荒野の40日」を思い起こさせるが、ちょうど「猿の創世記」の始 まりに気付きがあったので、それだけメモしておきたい。結婚記念日である2004 年4月29日(KIN171)から12年後、つまり同じ干支である申(さる)が巡ってく る今年の4/29は、KIN131だった。

KIN171は「2・猿」で、KIN131は「1・猿」なので、12年経過すると「太陽の紋章」は同じで「銀河の音」が1だけ減る関係になることを発見した。これは260 日暦が40日戻る(あるいは220日進む)関係とも言える。ところで、私達はヴィーナストランジットだった2004年6月8日(KIN211)に二子玉川に越して来た。

つまり、入籍日のKIN171(2・猿)から40日後のKIN211(3・猿)に二子玉川とい う土地に入植したのである。それから12年後の記念日はKIN131(1・猿)で、引っ越し記念日はKIN171(2・猿)という関係。ちなみに、KIN211(3・猿)は、『時空のサーファー』を捧げられたホゼの息子ジョッシュの誕生キンだから、私 達の引っ越しとこの本は、切っても切れない関係にあるのだ。

話はここから「赤い惑星、青い惑星」という火星と地球の情報転送の話に広がって行くのだが、このブログを書いた日に『エリジウム』という映画を見たことだけメモして、ひと区切り入れることとしよう。

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