滋賀(志賀)ー 高島 ー 安曇の活性化

2017年05月19日 03:06

スペクトルの月17日(G5/18)KIN255 青い銀河の鷲

中学時代の同級生で、部活も同じで、誕生日(磁気の月18日&KIN241)まで全く同じ人物が居る。その平井俊旭君(以下トシ:中学時代の呼び名)からFBを通じて連絡があったのはG4/15(KIN222)。数年前に学年全体の同窓会があった時に顔を合わせて以来なので、かれこれ5年ぶり位だろうか。確か当時は、スープストックトーキョーの仕事をしていたはずだが、メッセージには「今は滋賀県の高島市っていうところに住んでいて、行政の仕事を受けて地域の活性化のような仕事をしてます」とあった。

それで改めてプロフィールを見ると、「雨上株式會社」社長となっている。いつの間に!と思ったが、おそらく今の仕事と関係があるのだろう。連絡のきっかけは水に関する事だったようで、しばしメッセージのやり取りをして、「まあ、近いうちに会おう」という流れになった。ところで、高島市ってどの辺りなのだろう?と気になって調べると、琵琶湖の西岸北寄りのかなり広いエリアである事が分かった。地図を拡大してみて驚いたのは、市の中心部に流れている川の名が安曇川だった事。

今年の春分(KIN196)とその翌日の2日間、安曇族発祥の地とも言える志賀島で過ごして来たばかりのタイミングに、それも、「スピリットを伝える」13日間(風のウェイブスペル)の初日に、水をきっかけに連絡が来るとは面白過ぎる。しかも、この日は剣武の奉納演武をさせて頂いた志賀海神社で「山誉種蒔漁猟祭」が行われていた日。志賀島の小崎亜久理さん(KIN219)が「時のからだ塾」MLで知らせて下さったのだが、このお祭りの中で、古来「君が代」が神楽歌として歌われ続けて来たのである。

更なる驚きは、お祭りが行われるG4/15(惑星の月12日)のサイ時間が、常に権禰宜の平澤憲子さん(KIN193)の誕生KINに対応するという事。加えて、G4/15は「13の月の暦に替える平和の運動」に強い影響を与えた「レーリヒ条約」(文化財保全を目的とした初期の国際条約)が調印された日でもあるのだ!

翌日、トシから「FBで君が代の書を見たけど、あれは最高だね!スゲー!」とコメントがあった。まさにその書こそ、志賀海神社に蘭禅が奉納した作品なのだが、その経緯については【「君が代」発祥の地・志賀島へ】にまとめてあるので、そちらを参照いただければと思う。

志賀海神社3 ★蘭禅による奉納書「君が代」

その9日後のKIN231(G4/24)は、蘭禅の79回目の銀河の誕生日とレオナルド・ダ・ヴィンチの565回目の誕生日、さらにレーリヒのKIN204(サイ時間)が重なるスペシャルな日で、私達は所用で自由が丘に居た。途中、メガネドラッグで眼鏡を洗わせてもらっていると、「おばら!」と見知らぬ(ように見えた)男性から声をかけられた。何と、中学の同級生K君だった!彼とも前の同窓会以来だから、やはり5年ぶり位。よくもこんな所で私を見つけられたものだ。

タイミング的にも面白かったので誕生日を確認しておくと、3/19(KIN200)との事。その日だったかその前日だったかにプリンスの319という曲を久しぶりに聞いていただけに、これまたビックリだったが、今年の3/19はKIN195で、ちょうど出雲大社(杵築東195)で剣武の奉納演武をさせて頂いた日(KIN195)からぴったり260日後という関係になっていた。そして、私達はその日、ANA241便で福岡入りしているのである。

この流れの発端は、2年前の誕生日(2015.8.12)にあると私は感じている。何故なら、私はその日からKIN131(1・猿)の道筋に入り、その4日後に志賀島(&安曇族)と繋がるきっかけとなった人物・亜久理さんと出会っているからである。誕生日当日の事をまとめた「鎌倉みちのく魔術紀行」シリーズの第6話「四重虹」には、以下のような記述もある。

”『ドリームスペル(13の月の暦)』旅程盤に由来を持つ反時計回り(ネジを緩める方向)のウェイブスペルの動きは、「偽りの時間」(12か月の暦)が生じたとされる約5125年前から現在までの時間を、解放(浄化)しながら再構築するプロセスを示してもいる。今回の日帰り紀行は、それを個人史に応用したもので、江島神社鶴岡八幡宮→横須賀線上り(帰路)という地理的な反時計回りと、高校→中学→小学校という時間的逆行とをシンクロさせ、その時々に混入した(無自覚な)12:60的影響を解放するという試みでもあった。”

亜久理さんと出会ったのはハーモニック・コンバージェンス28周年当日のG8/16(KIN135)。その日行った暦クラスのメモには、「福岡から一番乗りでやって来られて日帰り」「例題に立候補:KIN219、月の月18日(G9/9)」とある。上記「四重虹」に詳しく書いてあるが、自分の誕生日から28(4×7)日後の亜久理さんの誕生日(G9/9)に、4重の虹(7色)が出たのには、流石に驚いた。

四重虹1 ★玉川高島屋のデッキより

その後、2016年5月に石川県羽咋郡志賀町(後に志賀島との関係を知る)で剣武の合宿があり、7月に出雲大社で奉納演武。この時、津和野方面も巡った事は【石州和紙を通じて剣武創始の時空に出会う】に記した通りである。結局、トシとはG5/9(KIN246)に自由が丘で会う事になったのだが、その5日前のKIN241(G5/4)に彼が居たのは、何と津和野であった。そして、互いの近況を話す中で、私が初めて知ったのは以下のような事だった。

・トシが現在住んでいるのは高島市安曇川(あどがわ)という所であること
・鎌倉-高島-出雲は、一直線上にあること
ホツマツタエの完全版は高島市で発見されていること
・第26代継体天皇の生誕地は現在の高島市であること
雨上株式會社という社名は水の循環になぞらえてあらゆる循環を象徴していること

最後の点は、『霊性のアート』で提示した「球状精神宇宙モデル」のイメージとも重なるところがあり、生年月日が同じで、同じタイミングに同じ学校で少年期を過ごすと、ある程度被るところも出てくるものなのか、と思わず感心してしまった(私は誕生日で運命が決まるとは思っていない立場なので)。

他にも、これまでの経緯や今の仕事について細かく話してくれたのだが、後からそれらがほぼそのまんま分かり易くまとめられている記事を見つけたので、是非、こちらのリンク(colocal)も見て頂ければと思う。そこには高島屋のルーツが高島にあるらしい事も書かれていて、毎日のように玉川高島屋にお世話になっている私としては、またまた驚かされたのだった。

3日後のKIN249(G5/12)、Sさん(KIN159)がウォーターセラピーに来られ、セッション中に滋賀の事を話題にされた。建築家のご子息が仕事の関係でここのところ割と頻繁に滋賀に通っている事、ご主人のご実家も滋賀にあること、さらに継体天皇が滋賀の出身だという話までされるので、私はすっかり驚いてしまった。私の方から話題を振った訳ではなかった上、15年以上つき合いのあるSさんから初めて聞く事ばかりだったからである。

さらに、ご本人が安曇野出身という事まで耳にしたら、流石に志賀島や安曇族の話をせずにはいられない。『宇宙の暦は13ヵ月・新装版』を出して下さっているプレアデス出版さんが安曇野にある事や、3日前に知ったばかりの滋賀県高島と継体天皇の関係、志賀海神社での奉納の事などひと通りお伝えした。すると、一時期神道の勉強もされていたとかで、穂高神社と安曇族の関係ばかりか、志賀海神社の平澤憲子さんのお兄様(他界された宮司さん)のお顔までご存知だという(直接会われている訳ではない模様)。

それだけではない、Sさんの来所時に、蘭禅はその志賀島に住む亜久理さんと書のスカイプレッスンをしていたのである。Sさんの来所はほぼ3ヶ月ぶりだったし、亜久理さんのレッスンはもともとは違う日時だったのが、諸事情でSさんの来所に被る形になってしまったもので、全くの偶然であった。しかし、以下の事実は、それが実は偶然ではなかったのかもしれない事を示唆している。

私達が玉川高島屋のデッキから四重虹を見たのは、2015.9.9(KIN159)。つまり、志賀島に住む亜久理さんの365日暦の誕生日G9/9と、安曇野出身のSさんの260日暦の誕生KINが重なった日だったのである!4重虹で結びつけられた日付同士の繋がりが、今度は実在の人物同士のシンクロとして再現されたのである。こうしたシンクロは、やはり何度体験しても驚きに満ちているし、不思議だ。

トシとは、古代における日本海側の交易、特に糸魚川翡翠が広い範囲で流通していた事も話題にしていたので、この時、Sさんがまさにその「糸魚川翡翠」のペンダントをされていた事も偶然とは思えなかった。この流れからすると、いずれ継体天皇生誕地の高島も訪れる事になりそうである。

翌日のKIN250(G5/13)、「時のからだ塾」MLに八王子の関野さん(KIN75)が「2016.9.24(KIN19)に日本の国石が糸魚川の翡翠に決定したと日本鉱物科学会が発表した」と書かれていて、その事実を知らなかった私は、まず単純にその事に驚き、そして、今のタイミングでこの情報を知った事に更に驚いた。

さらに翌日のKIN251(G5/14)、剣武天真流の本部稽古に、少し前まで糸魚川に住んでおられ、今は八王子在住のS師範が参加されていた。一連の流れもあったので、糸魚川翡翠について聞いてみると、「確かに駅とかに国石になったというポスターとかありました」とか「糸魚川では昔、それほど価値があると思っておらず漬物石とかにヒスイ原石を使っていたそうです」という話を聞く事が出来た。

これだけ綺麗な文脈で翡翠や安曇や高島が繋がって来ると、古代の時空間が、このタイミングでまとまって浮上して来ているようにも思えて来る。この物語には多くの人々が関わっているが、特に鍵となる人物を挙げるとすれば、やはり小崎亜久理さん(KIN219)と言う事になるのではないだろうか。志賀島出身というだけでなく、「青いスペクトルの嵐の年」はそのKIN219から始まっていて、その一年の中で、一気に話が加速しているからである。

12:60的な(時計時間を主体とする)発想では、もう日付を跨いでしまった事になるが、私的には眠りに就くまでは前日の流れの中にいる感覚なので、サイ時間単位がKIN219の今日中に何とかこのブログをまとめられて、少しホッとしている。この先の展開も、きっと予想を超えたものになるのだろうが、思い切り楽しんで行きたいと思う。

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