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レーリヒ「平和の旗」と「13の月の暦」

2017年12月13日 23:03

律動の月1日 (G12/13) KIN204 黄色い太陽の種 (by D)

『13の月の暦』では、今日から6番目の「律動の月」に入った。28日周期の暦で5ヶ月、20日周期の暦で7ヶ月、すなわち元旦から140日が経過したこのタイミングには、2つの暦の関係が、元旦と同じ「1日、黄色い種」という状態に戻る(*1)。

20日周期は古代マヤのハアブ(365日暦)に順じたもので、こよみ屋さんが出しているA3カレンダーの裏面にも掲載されているが、あくまで区切り方が同じというだけで、古代のものがそのまま継承されているのでは無い事に注意する必要がある(*2)。

今日から始まった8番目の「モル月」に添えられた「断片のすべてを統一し」という一文も、私の知る限り『テレクトノン』のマニュアルに掲載された情報が初出である。ちなみに、テレクトノンパレンケの「碑銘の神殿」と関係が深い銀河ツールだが、今日のサイ時間KIN69は「碑銘の神殿」の中央階段69段とシンクロしている。

さて、KIN204となった今朝、私が最初に思い浮かべたのは、ニコライ・レーリヒリョーリョフ)というロシアの人物だ。シャンバラを探し求めて中央アジアを旅した探検家にして画家で、その「文化による平和」の精神は、「平和の旗」と共にアグエイアス夫妻の「13の月の暦に替える平和の運動」にも引き継がれた。

事実、アグエイアス夫妻がこの暦の情報を携えて世界中を巡っていた時、会場には常に「レーリヒ平和の旗」が掲げられ、2001年にはその活動を讃えたアルタイ共和国が夫妻を招いている。思い出したが、それはまさに「黄色い太陽の種の年(KIN204)」の始まりで、出発前に日本に寄った夫妻に、何故かLが私の写真を渡した関係で、私は写真を通じて二人と共にアルタイを訪れている(笑)。

その後、アグエイアス夫妻が使っていた「平和の旗」が、高橋夫妻を経由して私たちの手元に届けられた事は、『シンクロニック・ジャーニー』に記した通りである。そんな事もあって、今日はレーリヒ誕生からどれくらい経過したのかを、計算してみたくなった。そして、その結果、今日そうしたくなった理由が分かった。

レーリヒの生没年は1874.10.9(KIN204)〜1947.12.13(KIN134)。つまり、ぴったり70年前の今日、この世を去っていたのだ!レーリヒが生まれた日(KIN)から201銀河スピン(201×260)というタイミングでもあった今日は、レーリヒの生と死の時間が重なる、極めて特別な日だったのである。この現象は52年に一度しか起きず、少なくとも「13の月の暦」が誕生してからは初めて生じた事である。

DSC01782.jpg ★レーリヒが最晩年を過ごした家で「平和の旗」と

しかも、70年前のその日に他界した場所は、ヒマヤラのクルー渓谷。『シンクロニック・ジャーニー』P137に私と写っている「平和の旗」は、13年前に訪れたレーリヒメモリアルトラストという場所で撮影したものだが、それはまさに、クルーにあったレーリヒの自宅跡をそのまま活用したミュージアムであった。

さらに、「201」という数にも私は驚きを隠せなかった。何故なら、3日前のKIN201に行われた「時のからだ塾」で、冒頭伝えたのは、『7:7::7:7』におけるKIN201は「時間をはずした月」(2012年冬至を含む「律動の月」=5年前の今日を含む28日間)という特別なひと月に対応する、という話だったからだ。

関連で、もう一つ書き添えておきたい事がある。今日、午前中の天真体道瞑想クラスでは、PANポーランドのYaro(KIN239)から預かった双剣水晶と共に瞑想したのだが、45日前にポーランドで出会った時、彼がクラクフ中央広場にプロジェクターで投影した数枚の映像の中にも「平和の旗」は含まれていた。

IMG_3080.jpg IMG_3085.jpg ★世界遺産の古都クラクフ中央広場にて

「平和の旗」にある3つの円は、科学、芸術、宗教を表しているという(*3)。昨年、渋谷で開催した《時の魔法・ドリームスペル展》で展示した「平和の旗」は、もちろんアグエイアス夫妻から継承されたものだが、然るべき機会があれば、できるだけ公開して、より多くの方に「平和の運動」としての「13の月の暦」の使用を喚起したいと思っている。

平和の旗 ★昨年の《時の魔法・ドリームスペル展》より

この根本の精神さえ押さえていれば、細かい使い方など後からどうにでもなる、というのが長年この暦について伝えて来た私の率直な感想だ。10日後のKIN214(G12/23)に行われる「時空のサーファークラス」も、初心者にはちょっと?なところがあるかもしれないが、「文化による平和」「改暦による平和」というコンセプトにピンと来る方なら、全くの初心者でも心配はいらない。

尚、クルー渓谷にあるミュージアムについて、私たちが知っている最新情報は、2013年にNYのレーリヒ美術館を訪れた時の様子をまとめたメルマガに詳しく書いてあるので、そちらを参照頂ければと思う。そして最後に、没後70周年を記念する情報を一つ。『シンクロニック・ジャーニー』P70には、アグエイアス夫妻がアルタイに招かれた経緯が、レーリヒと関連付けて書かれている(今発見した)。


(*1)13ヶ月の「惑星奉仕のウェイブスペル」で見ると、1-6-11という「倍音パルサー」に対応する月にこの現象が生じる。

(*2)365日暦の元旦をG7/26で固定しているのは『13の月の暦(ドリームスペル)』であり、古代のハアブでは、異なる日付に元旦が巡って来る。この辺りの事は『マヤのリズム』に詳しく整理してある。

(*3)確認のために開いたレーリヒ著『シャンバラの道』(中央アート出版社)のP397に驚くべき記述を発見したのでメモしておく。「アメリカのドル紙幣の裏側に印刷されている目が描かれたピラミッドの絵(フリーメーソンの象徴)は、レーリヒ発案になるものだという。」(引用おわり)。前にも読んでいるはずだが、今日、新たに発見した気分。

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